後で検証できるようにすることも意識

『物資を避難所に配布する仕事を担当しました。 在庫を確認し、 何をどれだけ、どこに持って行くかを 決めるとともに、 実際に配った物や量などの記録をきちんととっておき、 後で検証できるようにすることも意識しました』 (熊本地震から5カ月/大津町/30代女性)

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せめて気持ちの繋がりは持っていたい

『私が暮らす地域の住民は、 震災後の高台移転で、 3カ所に分かれることになりました。 元のような関係を続けることは 難しいことかもしれませんが、 せめて気持ちの繋がりは持っていたいです』 (東日本大震災から2年/石巻市/60代男性)

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生活ゴミの問題に関心を持つように

『ガレキの野焼き処理により、 アレルギーなどの症状を訴える人が 近隣で増えてきました。 それがきっかけで、 生活ゴミの問題に関心を持つようになりました』 (阪神大震災から3年/西宮市/30代女性)

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近所の人たちととても仲が良く

『両親と子どもを避難所に残し、 仕事に行かなければなりせんでした。 子どもは不安そうでしたが、 近所の人たちととても仲が良く、 一緒にいてくださったので助かりました』 (熊本地震から5カ月/大津町/30代女性)

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戻ってきてくれるだろうと期待

『震災で地区外への転出が相次ぎ、 子どもが以前の半分以下になりました。 淋しいですが、高台での再建が進めば 戻ってきてくれるだろうと期待しています。 早く、子どもたちみんながそろって 遊べる地区にしたいと思います』 (東日本大震災から2年/石巻市/60代男性)

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大気汚染が心配に

『震災から2週間後、 子どもの幼稚園が再開されるタイミングに合わせ、 実家から自宅に戻りました。 戻ってみると、自宅から2キロのところに 廃材の野焼き処理場があり、 大気汚染が心配になりました。 そこで再び避難することにしました』 (阪神大震災から3年/西宮市/30代女性)

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外にブルーシートを敷いて

『地震が発生した後、 街中が暗い中を避難所に行きましたが、 中に入ることはできませんでした。 外にブルーシートを敷いて 難を逃れている人が大勢いました』 (熊本地震から5カ月/大津町/30代女性)

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支え合った経験を、語り継いでいかなければ

『避難生活では、 近所の人たちと協力して食事を作り、 屋外の寒い場所で食べました。 電気も水道もなく、 冷たい川の水で洗濯しました。 みんなで支え合った経験を、 語り継いでいかなければと思います』 (東日本大震災から2年/石巻市/60代男性)

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4カ月後に診療所ができました

『仮設住宅に入居してから4カ月後に 診療所ができました。 住民たちは近くにできたことに喜び、 先生を頼りにしました。 生活の安心材料が増えました』 (阪神大震災から3年/神戸市/60代女性)

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徒歩で行ける距離ではないので

『避難所に行くために家を出ると、 ブロック塀や建物が 倒壊しているところがありました。 車のタイヤがパンクしそうでしたが 徒歩で行ける距離ではないので、 そのまま進みました』 (熊本地震から5カ月/大津町/30代女性)

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