自宅にたどり着いたのは3日後

『仙台の病院での検査中に地震に遭いました。 石巻の沿岸部の自宅へ、 すぐに公共交通機関で帰り始めたのですが、 すでに交通は麻痺していて、 自宅にたどり着いたのは3日後でした。 家族とは電話で連絡がついていたのでよかったです』 (東日本大震災から2年/石巻市/70代男性)

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いかに興味深い勉強会にするかが課題

『ボランティアグループの運営者として、 メンバー向けの勉強会や意見交換会を開催しています。 知識や情報が必要だと思って企画するのですが、 メンバー数の割に参加率が低く、 いかに興味深い勉強会にするかが課題です』 (阪神大震災から2年/神戸市/50代男性) 

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判断が難しい

『炊き出しを始めるころになると、 例えば、避難所で必要なパンの数を把握するにも、 全員分必要だという意見と、 炊き出しをするのでそんなに必要ない という意見に分かれ、 判断が難しい部分がありました』 (熊本地震から5カ月/大津町/20代女性)

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ひげそりがなく困っていた

『避難所にこもりがちのお年寄りを誘い、 散歩しました。 自宅に寄って 取り出したいものがあるというので ついていくと、ひげそりでした。 入浴はできていたものの、 ひげそりがなく困っていたのです。 いろんな支援が必要だと気づきました』 (阪神大震災から2年/神戸市/20代女性)

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震災の5日後に、無料巡回バスが運行

『震災で多くの人が自家用車を失いました。 それに、ガソリン不足も常態化していたので、 被災者は徒歩で移動するしかなく、 安否確認や通院、買い物などのための 交通手段の確保が課題となりました。 震災の5日後に、無料巡回バスが運行されました』 (東日本大震災から2年/釜石市)

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地震の直後は水も不足

『地震の直後は水も不足していました。 そのため、 ミルクが必要な小さいお子さんのいるご家庭や、 薬を飲む必要がある方々を優先に配ることにし、 避難者のみなさんにご理解いただきました』 (熊本地震から5カ月/大津町/20代女性)

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下駄箱がひっくり返り

『地震の揺れが長いので外に出ようとしましたが、下駄箱がひっくり返り履けるものがありませんでした。とりあえず裸足で飛び出し、外にあった長靴を履いてその場をしのぎました』 (東日本大震災から1年/相馬市/70代女性)

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人がただそばにいてくれるだけでも

『災害直後は、 人がただそばにいてくれるだけでも 被災者には十分励みになりました。 けれども時間が経つにつれて、 ボランティアさんに対して、 細かな気配りやサービスなどの 要求が増えたように思います』 (阪神大震災から2年/神戸市/50代男性)

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