「共助」や「自治防災組織」という言葉

『震災を経験し、 防災意識が高まったと思います。 地域の方々と話をするときに、 「共助」や「自治防災組織」という言葉を よく聞くようになりました。 (熊本地震から7カ月/大津町/30代女性)

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半年ほど私の家で一緒に暮らしました

『私が暮らす地域は津波被害を受けましたが、 私の家は高台にあったため 流されませんでした。 そこで、友達や友達の家族がやってきて、 半年ほど私の家で一緒に暮らしました』 (東日本大震災から1年/石巻市/10代女性)

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プロが及ばないメッセージを発信できるはず

『情報発信について、私たち一般人は、 情報収集力や分析力、表現力では、 プロに劣ると思います。 けれども実体験に基づいた記録や意見では、 プロが及ばないメッセージを 発信できるはずです。 震災体験を発信していきたいです』 (阪神大震災から3年/神戸市/50代男性)

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先を見据えて行動しなければいけない

『震災を経験したことで、 先を見据えて行動しなければいけないなと 思うようになりました。 目先のことだけをしていると、 必ず新たな問題が発生し、 余計に混乱を招くことに気づいたからです。 緊急時には特に大切なことです』 (熊本地震から7カ月/大津町/30代女性)

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ものを分け合って過ごした

『震災の時、私は小学生でした。 震災後は何日も助けがなく、 地域の人たちで一緒に、 ものを分け合って過ごしたことを覚えています。 1ヵ月、2カ月が過ぎると、 いろいろな所から支援物資が届きました』 (東日本大震災から1年/石巻市/10代女性)

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生活再建はまだまだこれから

『震災から半年以上経ちましたが、 住宅被害を受けた人たちの 生活再建はまだまだこれからです。 地震は続いていると感じています』 (熊本地震から7カ月/大津町/30代女性)

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家族全員が一緒に暮らせるようになれば

『浜では震災後、 若い人たちは市街地のアパートや仮設住宅に住み、 老夫婦は浜の仮設に残っていて、 それぞれ家族がバラバラになった状態が続いています。 早く高台に集団移転して、 家族全員が一緒に暮らせるようになれば と思います』 (東日本大震災から1年/石巻市/男性)

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私たちはどうしたら変われるんだろう

『阪神大震災を経験して思ったのは、 私たちはどうしたら変われるんだろう ということ。 自分たちの弱点や社会の欠陥から目を背けず、 真正面から問題解決に向き合う勇気が 私たちに欠けているのではないでしょうか』 (阪神大震災から3年/神戸市/50代男性)

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支援につながる活動が動き出し

『仮設住宅に入居した人たちの見守り活動が、 震災の半年後から始まりました。 住民の声やニーズが、丁寧に拾われて、 支援につながる活動が動き出し、 安心しました』 (熊本地震から7カ月/大津町/30代女性)

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