市民のものも大事だと思い

『関東大震災では、 市民が残した震災資料がとても少なく、 警察や自治体の公式な報告書が おもな手がかりだそうです。 震災を歴史に残すには、 市民のものも大事だと思い、 阪神淡路大震災の記録保存に ボランティア参加することにしました』 (阪神大震災から3年/神戸市/50代男性)

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安定期に入るか入らないかぐらいだったので

『妻が妊娠3カ月ぐらいの時に地震が起こり、 食器棚や家具が倒れるほど揺れました。 安定期に入るか入らないかぐらいだったので心配で、 ひとまず避難所に行きましたが、 すぐ実家に連絡をとって里帰りすることにしました』 (熊本地震から7カ月/大津町/20代男性)

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家族がいれば乗り越えられる

『地震や津波を経験したことで、 たくさんの辛いことがあっても 家族がいれば乗り越えられるんだという 気持ちになりました。 生活の復興に向けて、 家族や地域の人たちと力を合わせて 頑張っていきます』 (東日本大震災から1年/石巻市/10代女性)

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生きた資料であり、歴史を語るもの

『被災者自身が文章に書き、写真に収めた震災資料は、 生きた資料であり、歴史を語るものです。 廃棄されてしまったものもありますが、 残っているものは今、 組織的に収集、保存されています』 (阪神大震災から3年/神戸市/50代男性)

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体育館で仮眠をしていた時に、本震が起こりました

『避難所となった小学校の体育館で 仮眠をしていた時に、 本震が起こりました。 発生後、避難者が急に増えました。 避難者の対応をしながらも、 家に残っていた家族が心配になり 急いで電話し、無事を確認しました』 (熊本地震から7カ月/大津町/20代男性)

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家族がいれば乗り越えられる

『今回の地震や津波で、多くのことを学びました。 怖い思いをしましたが、 生きているからこその感情だと思っています。 これからも辛いことがたくさんあるかもしれませんが、 家族がいれば乗り越えられる気がします』 (東日本大震災から1年/石巻市/10代女性)

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チラシやポスターが氾濫しました

『震災直後の街には、 おびただしい数のチラシやポスターが氾濫しました。 家族の無事を知らせるものや尋ね人、 救援物資の説明や 地域情報を知らせるミニコミ誌もありました』 (阪神大震災から3年/神戸市/50代男性)

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消防団から、出動指示のメール

『地震発生後、所属している消防団から、 出動指示のメールが届きました。 家の状況を確認し、 大きな被害はないことがわかったので、 すぐに集合場所に向かいました。 車で地域の被害状況を見て回りました』 (熊本地震から7カ月/大津町/20代男性)

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自分にできることは笑顔でいること

『津波で家を失ったことが受け入れられず、 夢ではないかと何度も思いました。 現実に向き合うと、心配でたまりませんでした。 けれども次第に、 うつむいていても仕方ないし、 自分にできることは笑顔でいることだと 思えるようになりました』 (東日本大震災から1年/石巻市/10代女性)

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あの日の記憶が薄らいでいるよう

『震災から3年の月日が経ちましたが、 まだ仮設住宅が残っています。 復興への歩みは、非常にゆっくりだと感じる一方、 あの日の記憶が薄らいでいるようにも思えて 複雑な気持ちです』 (阪神大震災から3年/神戸市/50代男性)

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