中には入りきれないほどの人が

『地震での揺れがおさまってから 避難所になっている体育館に行きました。 すでに、中には入りきれないほどの人が 集まっていました』 (熊本地震から7カ月/大津町/20代男性)

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復興に向かって一緒に歩んでいけるような

『震災後の復興支援では、 支える側と支えられる側に 分かれてしまうことがありました。 そうではなく、住民の主体性を尊重し、 復興に向かって一緒に歩んでいけるような 支援が必要だと思っています』 (東日本大震災から5年/石巻市)

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この状況でも、人とのつながりを大切に

『被災地には、自分の家や家族が被害を受けたのに、 他人のことを気づかう方々がいました。 この状況でも 人とのつながりを大切にしていることに、 胸が熱くなりました』 (阪神大震災から4年/大阪市/40代女性)

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いきなり本震だったら、パニックになっていたかも

『前震があった後の本震だったので、 揺れがものすごく大きかった割には、 冷静な対応ができたと思います。 本震では身を守りながら、 次の行動を考えていました。 いきなり本震だったら、 パニックになっていたかもしれません』 (熊本地震から7カ月/大津町/20代男性)

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地域の会長や世話人が対応

『被災した地域についての問合せには、 地域の会長や世話人が対応していました。 現状のヒアリングやアンケート調査の協力などが 集中することもあり、 心身共に疲れている人もいました』 (東日本大震災から5年/石巻市)

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新聞を手作りして友達へ

『友達の多くが被災し、 避難所生活を始めました。 私は被災地には行けないけれども、 何かできることをしたいと思い、 新聞を手作りして友達へ送りました。 ありがとうの手紙がたくさん返ってきました』 (阪神大震災から4年/大阪市/40代女性)

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非常時の持ち出し袋は、事前に用意しておくべき

『大きな地震で揺れている間、 机の下で身を守りつつ、 すぐに避難所へ行こうと決めました。 何を持って行けばいいかをその時に考え、 手当たり次第に袋に詰め込みました。 非常時の持ち出し袋は、 事前に用意しておくべきだったと思います』 (熊本地震から7カ月/大津町/20代男性)

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無償配布の難しさを感じました

『全国からたくさんの物資が 被災地に届きました。 ありがたくいただく人が大半ですが、 避難生活のストレスからか、 その物資の配布が不公平だと 被災者間のトラブルに 発展してしまうこともあり、 無償配布の難しさを感じました』 (東日本大震災から5年/石巻市)

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全員の声を聞くことができた

『趣味のサークルの拠点があったエリアが被災したと知り、 メンバ―の安否が心配になりました。 電話の呼び出し音が鳴るばかりの家もありましたが、 何日もかけ続けました。 全員の声を聞くことができた時、 体中の力が抜けました』 (阪神大震災から4年/大阪市/40代女性)

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家族と相談してすぐに避難所に

『本震の時は、かなり大きく揺れました。 時間も長かったです。 家屋の被害が心配だったので、 家族と相談してすぐに避難所に向かいました』 (熊本地震から7カ月/大津町/20代男性)

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