病気にならないようにしなければ

『老後のために蓄えていたお金だけでは 住宅の再建ができず、 資金を借りることにしました。 返済するために、 とりあえず病気にならないようにしなければと、 願うようにして生きています』 (阪神大震災から4年/神戸市/60代男性)

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すぐに着替えて職場に向かいました

『震度5以上の地震が起こると、 職場に行くことになっていました。 家の中の物は倒れましたが、 大きな破損はなく、家族のケガもなかったので、 すぐに着替えて職場に向かいました』 (熊本地震から7カ月/大津町/40代男性)

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台湾の人たちも同じように悲しんでくれて

『台湾で東日本大震災を知りました。 テレビや新聞で、被災地の状況が伝えられ、 胸が張り裂けそうでした。 そして台湾の人たちも同じように悲しんでくれて、 日本にいる私の身内や友人の安否を気づかってくれました』 (東日本大震災から1年/台湾/女性)

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元の土地に家を再建

『震災から2年半がたち、 元の土地に家を再建することができました。 多くの方々の支援と励ましのおかげと 感謝しています』 (阪神大震災から4年/神戸市/60代男性)

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ゆっくりできる日が来たら、健康づくりを

『地震で、生活環境が一気に変わり、 改めて健康が大事だと思いました。 今はまだ住宅の再建などで忙しいですが、 ゆっくりできる日が来たら、 健康づくりをしなければと思っています』 (熊本地震から7カ月/大津町/40代男性)

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まだまだ課題は山積み

『震災から1年がたってもなお、 ガレキの山があちこちにあり、 自宅をどこに再建するのか、 地域の産業は復活するのか、 まだまだ課題は山積みです』 (東日本大震災から1年/石巻市/30代女性)

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「我唯足るを知る」を学びました

『避難生活中は、 ガスコンロと洗濯機、冷蔵庫以外の 家財道具を買わずに過ごしました。 無いなりに、知恵を出せばなんとかなり、 豊かさに慣れてしまっていたと感じました。 震災で「我唯足るを知る」を学びました』 (阪神大震災から4年/神戸市/60代男性)

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慌てることはありませんでした

『阪神・淡路大震災の時は兵庫県にいて、 その後熊本県大津町に引っ越し、 熊本地震を経験しました。 家を建てる時は丈夫な家にして、 食料も確保しなければと思い備えていたので、 熊本地震で慌てることはありませんでした』 (熊本地震から7カ月/大津町/40代男性)

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スポーツへの思いが強くなった

『震災でクラブ活動が中止になったことで、 子どもたちは今まで以上に スポーツへの思いが強くなったようです。 日々練習して少しずつ上達し、 試合で勝てたときはみんなで大喜びしました』 (東日本大震災から1年/石巻市/30代女性)

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決して震災を忘れることはない

『震災から1年が過ぎた頃、 「もう落ち着いたやろ。震災にこだわらずに…」と 知り合いに言われました。 親切心だとは思いますが、 決して震災を忘れることはないのです。 人々の震災への関心は薄れてきたと感じました』 (阪神大震災から4年/神戸市/60代男性)

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