不安や悲しみがこみ上げてくるばかり

『津波で自宅を失い、 それから2日間学校に泊まることになりました。 その間何もすることができず、 家族の事やこれからの事を考え、 不安や悲しみがこみ上げてくるばかりでした』 (東日本大震災から1年/石巻市/10代男性)

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この生活がいつまで続くのでしょうか

『震災で自宅が全壊となり、 同居していた息子は 市外に家を見つけて暮らし始めました。 私は自力で仮設住宅を建て、神戸市内に残っています。 毎週末、息子の家で過ごし、 平日は神戸に戻り働いています。 この生活がいつまで続くのでしょうか』 (阪神大震災から4年/神戸市/60代男性)

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バケツリレーで運んでいた最初の頃は大変でした

『避難所で物資の搬入をしました。 ほぼ毎日10トン車満杯で物資が送られてきて、 20人弱での対応でした。 水など重いものもあり、 バケツリレーで運んでいた最初の頃は大変でしたが、 ローラーコンベアを借りてからは、 かなり楽になりました』 (熊本地震から7カ月/大津町/20代男性)

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部員が減っていました

『津波で家は、1階の天井まで水に浸かり、 全壊になりました。 学校も少年野球もしばらく休みになりました。 野球は9月に再開することになって うれしかったのですが、 転校した子がいて、部員が減っていました』 (東日本大震災から1年/石巻市/10代男性)

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トタンの隙間から風が入り

『親が自力で建てた仮設住宅で、 冬の夜に一晩を過ごしました。 トタンの隙間から風が入り、 心の奥まで凍えそうになるほど 辛いものでした。 なんとかしてやりたいと思いましたが、 どうしようもありませんでした』 (阪神大震災から4年/神戸市/30代男性)

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避難者全員が移動しました

200625 『小学校の体育館に避難しましたが、 内壁がはがれ落ちるなどの被害が 見受けられました。 建物の調査を受けると、 校舎の方がいいとの結果となり、 避難者全員が移動しました』 (熊本地震から7カ月/大津町/20代男性)

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直接お礼を言えて、うれしかった

『被災した僕たちのために、 遠くの地域に暮らす出会ったことのない方々が、 お金で支援してくださいました。 そして、 地域に招待もしてくださいました。 直接お礼を言えて、うれしかったです』 (東日本大震災から1年/石巻市/10代男性)

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自己資金で仮の建物を用意

『震災で自宅を失い、 公営住宅に何度も応募しましたが、 あたりません。 待ちきれずに、市内にある知人の土地を借り、 自己資金で仮の建物を用意し、 そこで暮らしています』 (阪神大震災から4年/神戸市/60代男性)

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朝食が配られました

『地震が起こり、避難所で一晩を過ごしました。 朝になり、 体育館にあった備蓄と、 町から届いた備蓄で、朝食が配られました。 これからの避難所運営についての話合いも、 朝から行われました』 (熊本地震から7カ月/大津町/20代男性)

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また野球ができてうれしい

『震災にあって、野球ができなくなりました。 でも、兵庫県の野球チームが募金活動をして、 ユニフォームなどをプレゼントしてくれました。 また野球ができてうれしいです』 (東日本大震災から1年/石巻市/10代男性)

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