班を決めて、リーダーを中心に活動

『届いた物資を集約する置き場では、 置き場の配置を決めたり、 受入記録様式を作成したりすることで、 管理に努めていました。 在庫管理や輸送などの班を決めて、 リーダーを中心に活動をしました』 (熊本地震から5カ月/大津町/30代女性)

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外部から物資が入ってくる状態にしよう

『津波被害をうけ、 地域の復旧をどうすればいいか 住民で話し合いました。 まず道路を車が走れる状態にし、 外部から物資が入ってくる状態にしようと決めました』 (東日本大震災から2年/石巻市/男性)

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ヘリコプターが気になり始めました

『震災から3日目、 取材で飛来するマスコミのヘリコプターが 気になり始めました。 特に大型のヘリコプターが上空を通過する時、 桁外れの衝撃で、 ドアや窓が激しく揺れ、会話が遮られました』 (阪神大震災から3年/神戸市/40代男性)

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代用品を手に入れたり、作ったりできないか

『震災直後の避難所では、 避難者数に対し、備蓄が足りない状況でした。 外部から送られてくる物資も最初は少なかったので、 代用品を手に入れたり、作ったりできないか、 考えることも必要でした』 (熊本地震から5カ月/大津町/30代女性)

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避難所での生活が突然始まりました

『昔ながらの漁村と港の風景が残る村でしたが、 津波の被害を受け、 浜はガレキで埋まり、 陸には漁船が打ち上げられ、 すごい惨状になりました。 避難所での生活が突然始まりました』 (東日本大震災から2年/石巻市/男性)

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柔軟な対応が必要

『地域の復興過程では、 住民同士で意見の対立が起こりました。 一つの意見に簡単にまとめられる問題ではないので、 自分たちで調べたり、第三者の意見も聞いたりして、 妥協案を見つけ出すなど、 柔軟な対応が必要だと思いました』 (阪神大震災から3年/西宮市/30代女性)

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後で検証できるようにすることも意識

『物資を避難所に配布する仕事を担当しました。 在庫を確認し、 何をどれだけ、どこに持って行くかを 決めるとともに、 実際に配った物や量などの記録をきちんととっておき、 後で検証できるようにすることも意識しました』 (熊本地震から5カ月/大津町/30代女性)

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せめて気持ちの繋がりは持っていたい

『私が暮らす地域の住民は、 震災後の高台移転で、 3カ所に分かれることになりました。 元のような関係を続けることは 難しいことかもしれませんが、 せめて気持ちの繋がりは持っていたいです』 (東日本大震災から2年/石巻市/60代男性)

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生活ゴミの問題に関心を持つように

『ガレキの野焼き処理により、 アレルギーなどの症状を訴える人が 近隣で増えてきました。 それがきっかけで、 生活ゴミの問題に関心を持つようになりました』 (阪神大震災から3年/西宮市/30代女性)

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近所の人たちととても仲が良く

『両親と子どもを避難所に残し、 仕事に行かなければなりせんでした。 子どもは不安そうでしたが、 近所の人たちととても仲が良く、 一緒にいてくださったので助かりました』 (熊本地震から5カ月/大津町/30代女性)

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