常に更新をしないといけないので

『地域住民の要援護者リストが、 大切だと地震の時に実感しました。 ただ、作った後で年齢が変わったり、 介護認定を受けている人の介護度が変わったり、 常に更新をしないといけないので、 課題があるなと思いました』 (熊本地震から5カ月/大津町/30代女性)

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あせらず、気持ちで負けず

『震災から約1年半が経ちましたが、 復興は先が見えません。 けれどもあせらず、気持ちで負けず、 近所の人たちとの絆を大切にし 前向きに進んで行きたいと思います』 (東日本大震災から2年/石巻市/60代男性)

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手足を伸ばして寝られることに満足感

『5月に待望の仮設住宅入居が決まりました。 ドア式の玄関を入れば炊事場があり、 部屋は二間で、トイレ付きユニットバス。 ともあれ、誰にも気兼ねすることなく過ごせるし、 手足を伸ばして寝られることに 満足感を味わいました』 (阪神大震災から3年/神戸市/60代女性)

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前任者に来てもらって

『新しい部署に配属されたばかりの4月に 地震が起こりました。 災害時の対応も私の業務にありましたが、 まだきちんと把握できていなかったので 前任者に来てもらって一緒に行い、 助かりました』 (熊本地震から5カ月/大津町/30代女性)

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次世代に語り継いでいかなければ

『東日本大震災で、 忘れられないほど怖く、辛い思いをしました。 特に津波は恐怖でした。 この経験を教訓として 次世代に語り継いでいかなければ ならないと思っています』 (東日本大震災から2年/石巻市/60代男性)

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交流をしようと、朝食会を開催

『ラジオ体操で使っていた公園に 仮設住宅が建ちました。 そこで、ラジオ体操の参加者と 仮設住宅の入居者との交流をしようと、 朝食会を開催しました。 お互いにいたわり、励まし合いました』 (阪神大震災から3年/神戸市/60代男性)

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各自必要な物を持って避難

『地震から時間が経つにつれて、 避難する人や開設される避難所の数が どんどんと増えてきました。 備蓄品はありましたが数が限られているので、 各自必要な物を持って避難するようにと 呼びかけがありました』 (熊本地震から5カ月/大津町/30代女性)

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車で一晩過ごしました

『避難所は、津波被害は受けなかったものの、 地震で天井が落下してきて 使えませんでした。 結局車で一晩過ごしましたが、 小雪のちらつく寒い中、余震が何十回と続き、 眠ることはできませんでした』 (東日本大震災から2年/石巻市/60代男性)

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3年経った今では200人に

『震災から6日後に、ラジオ体操の会を再開しました。 最初は3人でしたが、続けていると参加者が増えてきて 3年経った今では200人になりました。 震災後、県外のラジオ体操の会から義援金をいただき 勇気づけられました』 (阪神大震災から3年/神戸市/60代男性)

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開設されている避難場所に移動

『震度7だったとわかってすぐ、 あわててカバンにいろんなものを詰め込んで 地元の公共施設に向かいました。 そこは誰もおらず真っ暗だったので、 他の開設されている避難場所に移動しました』 (熊本地震から5カ月/大津町/30代女性)

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