建設作業のアルバイトをして

『私は漁業に携わっていますが、 浜が津波に襲われ、仕事ができない状態になりました。 再開できるまでの1年ほどは、 建設作業のアルバイトをして収入を得ました。 大勢のボランティアさんに 浜のがれき撤去を手伝っていただきました』 (東日本大震災から2年/石巻市/男性)

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再開できる状況ではありませんでした

『自宅が全壊し、すぐに弟の家へ避難しました。 テレビで仕事場付近が燃え広がっている様子を見て、 じっとしていられず、 翌日仕事場に向かいました。 火災は免れていましたが 地震の被害が大きく、 再開できる状況ではありませんでした』 (阪神大震災から3年/神戸市/30代女性)

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自分で選んだ仕事だと思って

『仕事で災害対応をすることになり、 大変な日々を過ごしました。 想定外のことが多く、 判断や対応で困ることが多々ありました。 けれども、自分で選んだ仕事だと思って、 最後までやりきりました』 (熊本地震から5カ月/大津町/20代女性)

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約5カ月で避難所は閉鎖

『仮設住宅の建設が進むにつれ、 避難所で生活する人が減っていきました。 約5カ月で避難所は閉鎖され、 それぞれの生活が始まりました。 元の地域で暮らす人と、 新しい地域で暮らす人に分かれていきました』 (東日本大震災から2年/石巻市/男性)

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家族のために自宅を持ちたい

『震災で自宅と自営の仕事場と被災し、 取り引き先も被災しました。 仕事は細々と入ってくるものの、 先行きは見えません。 けれども震災から半年がたった頃に、 家族のために自宅を持ちたいという思いが募り、 再建を決意しました』 (阪神大震災から3年/神戸市/30代男性)

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手続きに多くの住民が押し寄せ

『町の職員は、 発災直後は避難所運営に人員が割かれる中、 住民票や証明書の発行手続きに 多くの住民が押し寄せ、 かなり大変な状態になっていました』 (熊本地震から5カ月/大津町/20代女性)

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メンタルの部分でしんどい日々

『避難所での集団生活が突然始まりました。 元々知り合いだった人ばかりとはいえ、 数ヶ月にわたると、 物欲が人々の心に芽生えるなどして、 争いごとが多々ありました。 メンタルの部分でしんどい日々が続きました』 (東日本大震災から2年/石巻市/男性)

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この仕事を続けると決めたので

『仕事場が被災しました。 火災は免れたものの、 仕事道具の一部が壊れ、材料も使えなくなりました。 取り引き先も数社が被災し、 失業状態になりました。 それでもこの仕事を続けると決めたので、 少しずつ新しい取り引き先を開拓しています』 (阪神大震災から3年/神戸市/30代女性)

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臨機応変に仕事が割り振られました

『地震が起こったことで、 災害対応の仕事が突然増えました。 4月に就職したばかりで、 仕事を覚えていない人もいたので、 職歴に合わせて 臨機応変に仕事が割り振られました』 (熊本地震から5カ月/大津町/20代女性)

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仕事道具の回収と風呂用の木材の確保などで

『避難所生活に入ってから、 数日間は食料の調達に追われ、 その後物資が届くようになってからは、 津波で流された仕事道具の回収と 風呂用の木材の確保などで、 2カ月を過ごしました』 (東日本大震災から2年/石巻市/男性)

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