浜は泥と住宅の瓦礫で埋め尽くされて

『大津波警報発令で漁船を沖に出し、 翌日まで浜には戻れませんでした。 夜が明けると海一面に油が浮き、 瓦礫や巨大な木材が漂流していて、 浜は泥と住宅の瓦礫で埋め尽くされていました。 陸に押し寄せた津波の大きさを思い知りました』 (東日本大震災から2年/石巻市/40代男性)

続きを読む

その考えが被災者や救援者を悩ませる

『阪神・淡路が起こる前は、 災害は他人事だと思っていたので、 雲仙普賢岳や奥尻島の被災者は 1カ月たてば元の暮らしをしていると、 漠然と考えていました。 その考えが被災者や救援者を悩ませる 温度差となることを、身をもって知りました』 (阪神大震災から3年/神戸市/50代男性)

続きを読む

揺れを感じた瞬間に、全員が外に避難

『前震が起こった時は、 職場で残業をしていました。 建物が古く、震度5で倒壊するのでは といわれていたので、 揺れを感じた瞬間に、全員が外に避難しました』 (熊本地震から5カ月/大津町/20代女性)

続きを読む

仲間達と一緒に船を沖に

『防災無線からの情報で 大津波が来ることを知りました。 漁船を守るため、 仲間達と一緒に船を沖に走らせると、 すぐさま先に沖へ出た船からの無線が入り、 もう津波が来ているから急いだ方がいいと知らされ、 エンジンの回転を上げました』 (東日本大震災から2年/石巻市/40代男性)

続きを読む

最初は職場の理解がありましたが

『被災地に住んでいて、 職場は被災地外の人が大勢います。 ある人は、通勤に片道3時間以上かかるため 残業を控えていて、 最初は職場の理解がありましたが、 1カ月たつと、 いつまで被災者意識でいるのかと言われたそうです』 (阪神大震災から3年/神戸市/50代男性)

続きを読む

また地震に遭うかもしれませんので

『私は災害に対して、 何の備えもしていませんでした。 また地震に遭うかもしれませんので、 今回の経験を活かして、 良かった点、悪かった点を踏まえて、 しっかりと対策をしておきたいです』 (熊本地震から5カ月/大津町/20代女性)

続きを読む

黄色い炎を上げているよう

『今日の漁をそろそろ終えようと思っている時に、 地震が発生しました。 大きく揺れる船にしがみつきながら見た自宅は、 マッチ箱を動かすように激しく揺れ、 山はスギ花粉が飛散し、 黄色い炎を上げているようでした』 (東日本大震災から2年/石巻市/40代男性)

続きを読む

小さな被害に思われるかもしれませんが

『神戸と比べると小さな被害に 思われるかもしれませんが、 私の市でも、全壊家屋が26戸、半壊が102戸、 一部損壊は3000戸、 亡くなった方がお二人います。 人口7万8千人の市にとって、 過去にない大きな被害でした』 (阪神大震災から3年/三木市/40代男性)

続きを読む

仕事とはいえ、頭が下がる思い

『役場に勤めている人たちは、 災害が起こると、 自宅の被害があっても小さな子どもがいても、 すぐに職場に向かって対応し、 数日間家に帰れないという状態でした。 仕事とはいえ、頭が下がる思いです』 (熊本地震から5カ月/大津町/20代女性)

続きを読む

亡くなった友人のためにも、がんばりたい

『避難所には近所の保育園児も来ていて、 数日一緒に過ごしました。 元気に笑う子どもたちと接するうちに、 小さな頃からの夢を叶えたいという気持ちが 湧いてきました。 支援してくださった方々や 亡くなった友人のためにも、がんばりたい』 (東日本大震災から2年/石巻市/10代女性)

続きを読む