目の不自由なおばあちゃんの手を引いて

『おばあちゃんの家にいるときに 地震が起こりました。 おばあちゃんは家の2階に上がろうと言いましたが、 避難場所に逃げようと説得しました。 目の不自由なおばあちゃんの手を引いて、 海抜の高いところへ行きました。 家は流されました』 (東日本大震災から2年/釜石市/10歳男性)

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誰もがLINEをしているわけではありませんので

『家族や仕事関係者と、 災害の時にどのように連絡を取るかが、 課題では無いかと思います。 電話が通じないので、私はLINEを使いましたが、 誰もがLINEをしているわけではありませんので 困った場面がありました』 (熊本地震から5カ月/大津町/40代男性)

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鉄筋コンクリートの自宅3階の屋上に

『海岸近くの自宅で地震にあい、 ゲームやおもちゃをカバンに詰めて 逃げる準備をしている間に、 津波が来てしまいました。 50センチでも流されると学んでいたので、 鉄筋コンクリートの自宅3階の屋上に逃げ、 足はぬれましたが助かりました』 (東日本大震災から2年/釜石市/12歳男性)

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痛みを忘れるほどのストレス

『被災直後は混乱して、 気が張った状態が続いていました。 中には入れ歯や眼鏡が無いことが気になり、 肋骨が折れているのに気がつかぬまま 過ごしていた人もいます。 痛みを忘れるほどのストレスが かかっていたのです』 (阪神大震災から2年/神戸市/50代男性)

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個人が意識を高める必要がある

『発災時に、どの部署の職員が何を担当するかを決めた 災害マニュアルはありましたが、 実際は人が職場に集まるのに時間差があり、 いた人から順に、 役割が振り分けられました。 マニュアルに加え、 個人が意識を高める必要があると思います』 (熊本地震から5カ月/大津町/40代男性)

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一人で避難場所へ

『一人で家にいたときに、 地震にあいました。 布団を頭からかぶって、 揺れが収まるのを待ってから、 一人で避難場所へ走って行きました。 学校で、 「お父さんやお母さんのことは考えず、 まず自分一人でも生き延びろ」と 言われていたからです』 (東日本大震災から2年/釜石市/9歳)

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周囲の人に気を使って

『避難所にいる祖母の元に行き、 水やおにぎりを渡しても、 トイレに行きたくなるからといって、 口にしてくれませんでした。 一人ではトイレに行けないため、 周囲の人に気を使っていたのです。 祖母は衰弱し、病院でお世話になりました』 (阪神大震災から2年/神戸市/20代女性)

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普段からの備えが重要

『震災を経験してからは、 もしもの時の備えをするようになりました。 地震はもうこないだろうと 楽観的に考える人もいますが、 起こり得ることです。 普段からの備えが重要だと思います』 (熊本地震から5カ月/大津町/40代男性)

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自宅は流されましたが、家族は無事

『小学校4年生だったA君は、 祖母と6歳の弟と自宅にいる時に、 地震に遭いました。 強い揺れだったので大津波が来ると思い、 慌てて弟にジャンバーを着せ、 祖母に声をかけて、3人で高台へ向かいました。 自宅は流されましたが、家族は無事でした』 (東日本大震災から2年/釜石市)

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今わかったことだけでも、まとめる必要がある

『今の段階で、 阪神の教訓を全て引き出すのは難しいです。 けれども、次の地震がいつ起こるかわからず、 起こった時に、なぜ教訓を生かせなかったのかと 言われることもあると思うので、 今わかったことだけでも、 まとめる必要があるんです』 (阪神大震災から2年/神戸市/40代男性)

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