1カ所にいた方がよかったのかな

『避難所の支援に行き、 1日ごとに数カ所を移動しました。 行く度に、状況把握をしたり、 情報を持っている人から引き継ぎを受けたりしたので、 今振り返ると、1カ所にいた方が よかったのかなと思います』 (熊本地震から5カ月/大津町/10代女性)

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地域と行政が共同で活動する機会が多かったので

『救援物資が届くまでの間の食料を、 確保しなければなりませんでした。 市内の小売店や近隣市町村から手に入れるほか、 炊き出しは地域住民が行いました。 震災前から地域と行政が共同で 活動する機会が多かったので、 連携がうまくいったと思います』 (東日本大震災から2年/釜石市)

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「地震ごっこ」をして遊ぶように

『4歳の息子が 「地震ごっこ」をして遊ぶようになりました。 楽しそうなのでそのままにしていたのですが、 新聞に心が傷ついている子どもの行動例が載っていて 地震ごっこもありました。 時間とともに回数は減りましたが、驚きました』 (阪神大震災から2年/神戸市/20代女性)

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災害の時は職場に集まるようにと聞いていたので

『就職してすぐ地震に遭いました。 家にいたのですが、 災害の時は職場に集まるようにと聞いていたので、 慌てて向かいました。 道中では同期の仲間とLINEで 「今から行きます」とか、連絡し合いました。 到着すると、みんな集まっていました』 (熊本地震から5カ月/大津町/10代女性)

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指定避難所以外の施設にも避難所が開設

『大規模な災害だったので、 すべての避難所にすぐ 市職員を配置できる状況ではありませんでしたが、 地域の町内会などの自主的な活動で 指定避難所以外の施設にも避難所が開設されました。 1万人を超える避難者が発生したと 推計されています』 (東日本大震災から2年/釜石市)

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ミニカーが手放せない

『2歳になる息子が、 震災の後から夜泣きをし始めました。 地震の時に目を覚まし とっさにミニカーを掴んだからか、 夜泣きの時もミニカーが手放せないのです。 この状態が1カ月続きました』 (阪神大震災から2年/西宮市/30代女性)

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情報が入ってくるのを待つのではなく

『災害時の情報収集は、 できるかぎりの努力が必要だと思います。 情報が入ってくるのを待つのではなく、 収集のあり方などを 考えていかなければなりません。 ただ、みんなが同じ方法を使えるわけではないので、 難しい問題だと思います』 (熊本地震から5カ月/大津町/40代男性)

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僕をおぶって避難してくれました

『友達と広場で遊んでいるときに 地震が起こりました。 400メートル先の避難場所に向かって 走りだしましたが、 僕は足に障がいがあって、 みんなから遅れ始めました。 気づいた友達が、僕をおぶって避難してくれました』 (東日本大震災から2年/釜石市/12歳男性)

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震災によるショック

『震災から2週間ほどたった頃、 小学生の子どもが急に、 視界がぼやけていると言い始めました。 病院で診察を受けた結果、 一時的なもので、震災によるショックだとわかりました。 親が想像する以上に、 大きなストレスを感じていたんですね』 (阪神大震災から2年/神戸市/30代女性)

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情報にアクセスしてもらうことも必要

『町からの情報は、 広報誌や防災無線などで発信していますが、 見ていなかったり聞いていなかったりして、 伝わっていないことがありました。 伝える努力も必要ですが限界があるので、 情報にアクセスしてもらうことも 必要だと感じました』 (熊本地震から5カ月/大津町/40代男性)

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