車で避難してきた多くの人は、車中で

『指定されている避難所に行きましたが、 本震でかなり大きく揺れたので、 避難所に入ることができるのか、 安全なのかということが心配でした。 実際に、車で避難してきた多くの人は、 車中で過ごしていました』 (熊本地震から5カ月/大津町/40代男性)

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3日目の夜を迎えた時、自衛隊の方が

『建物内で津波に襲われ、 全身がずぶ濡れになったので、 備蓄倉庫にあった毛布を体に巻き、 一緒にいた人々と身を寄せ合って 救助を待ちました。 土砂や瓦礫でドアが開かず外に出られぬまま 3日目の夜を迎えた時、自衛隊の方が来てくれました』 (東日本大震災から2年/釜石市/女性)

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急に使えなくなって、困惑

『電気や水、ガスが止まり、 使えて当たり前だったものが 急に使えなくなって、困惑しました。 満員のバスや電車を乗り継いで大阪まで行き、 デパートで食事をし、トイレを利用したときは、 本当に感動しました』 (阪神大震災から2年/神戸市/70代男性)

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それほど大きな被害がなかった

『前震の後、職場の人たちで手分けして、 町内の見回りをしました。 私が担当した北部は、 電気がついていましたし、 ブロック塀が倒れている場所も見当たらず、 それほど大きな被害がなかったんです。 そこへ16日の本震が起こりました』 (熊本地震から5カ月/大津町/40代男性)

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ここにいたらいいんだと安心していたところ

『買い物中に地震に遭い、 地元の人たちの後をついていって、 防災センターに到着しました。 さしたる緊張感もなく談話をされていたので、 私もここにいたらいいんだと安心していたところ、 足元に水が来て、一気に津波に襲われました』 (東日本大震災から2年/釜石市/女性)

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トイレを使いづらく感じていたところ

『私がいた避難所では、 私たち高齢者はトイレ掃除と水くみが 免除されました。 その気配りでかえって トイレを使いづらく感じていたところ、 お腹を壊し脱水症状になってしまいました。 水分をたくさんとるようにと お医者さんに言われました』 (阪神大震災から2年/神戸市/70代男性)

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他人事という感覚があったと反省

『熊本地震以前の大地震では、 小学校低学年の時に阪神・淡路大震災を テレビで見ていて、映像を鮮明に覚えています。 その後、東日本大震災も起こりましたが、 こちらもテレビで見たからか、 他人事という感覚があったと反省しています』 (熊本地震から9カ月/大津町/30代男性)

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湾内に潮の流れは想像以上に早く

『津波の破壊力のすごさに驚きました。 波が町に覆い被さって見えなくなり、 波がひくと、めちゃくちゃになっていました。 漁船を沖に出して逃げましたが、 湾内に潮の流れは想像以上に早く、 逃げ回るのに精いっぱいでした』 (東日本大震災から2年/釜石市/60代男性)

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電気、ガス、水道が絶たれた生活

『大きな地震で家を失い、 突然にして、電気、ガス、水道が 絶たれた生活となりました。 避難所では水洗トイレを流すために、 川から水を汲んできました。 水を節約するため、 トイレットペーパーは流さず、 袋に入れてまとめて捨てました』 (阪神大震災から2年/神戸市/70代男性)

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双方の気持ちに寄り添わなければ

『被災地の住民は、 大なり小なり被害を受けていて、 地震の経験をプラスにしている人もいれば、 そうではない人もいます。 支援する立場として、 双方の気持ちに寄り添わなければならないと 感じています』 (熊本地震から9カ月/大津町/30代男性)

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