全国から届いた薬を分ける役目を担いました

『旅先の神戸市北部で地震に遭いました。 3日目に市の中心部へ行く交通手段ができたので、 市役所を訪ねました。 そこは人であふれかえり、 救急医療班が忙しく動いていました。 私は看護師として、 全国から届いた薬を分ける役目を担いました』 (阪神大震災から2年/静岡県/50代女性)

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余ることがあり困りました

『地震発生から時間が経つにつれて、 様々な物資が届くようになりましたが、 余ることがあり困りました。 車中泊などの人数把握ができていなかったのか、 毎日同じ食料なので受けとらなかった人がいるのか、 原因ははっきりとしていません』 (熊本地震から5カ月/大津町/40代男性)

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転んだり、泣き出しちゃう子もいたけど

『学校のみんなで避難した場所の 近くの山から煙が見えました。 次にザブンという大きな音が聞こえ、 黒い波が見えました。 先生が津波だと叫んだので、 みんなで一斉に逃げました。 転んだり、泣き出しちゃう子もいたけど、 みんな無事でした』 (東日本大震災から2年/釜石市/10代女性)

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個人所有の池を埋めて畑に

『ため池の修復費用については、 複数人での共有池には 数%の国庫補助があり、 個人所有にはありませんでした。 寄付して公共利用にすると 補助を受けられましたが、 私の知人はいずれにしても費用が出せず、 個人所有の池を埋めて畑にしました』 (阪神大震災から2年/神戸市/70代女性)

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車1台あたり3人いることにして

『避難所で、提携先のイオン九州から届く パンやおにぎりを配布しました。 車中泊の人は避難所の駐車場のほか、 近くのお店の駐車場にもいたので、 人数把握に苦労しました。 結局、車1台あたり3人いることにして、 物資を確保しました』 (熊本地震から5カ月/大津町/40代男性)

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パニックになりながら上へ登り

『避難訓練をたくさんしてきましたが、 東日本大震災の時は どうしたらよいか分からず、 ただ必死で逃げました。 避難場所よりももっと高いところへ逃げ、 それでも津波が来たので、 パニックになりながら上へ登り、助かりました』 (東日本大震災から2年/釜石市/10代男性)

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農家がため池の復旧工事に

『淡路島北部の山間地では、 農業用水の約80%をため池に、 約20%を湧き水に頼っていました。 地震でため池が使えなくなったり、 湧き水が止まったりしました。 地震から2年たっても農業ができず、 農家がため池の復旧工事に関わっています』 (阪神大震災から2年/神戸市/70代女性)

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給油するにも時間がかかりました

『支援物資を運搬するために 車を使ったのですが、 ガソリンがギリギリの車もあり心配でした。 ガソリンスタンドは渋滞がひどく、 給油するにも時間がかかりましたので。 平常時から、ある程度の量は 入れておかなければなりませんね』 (熊本地震から5カ月/大津町/40代男性)

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一人の先生が率先して避難することで

『中学校では授業が終わり、 部活の準備をしたり、帰宅をしたりする時間に 地震が起こりました。 校内放送が停電で使えなかったので 先生は各自で走って逃げるよう呼びかるとともに、 一人の先生が率先して避難することで、 生徒達がそれに続きました』 (東日本大震災から2年/釜石市)

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住宅ローンが組めないことが問題に

『淡路島には大きな川がないため、 農業用水を確保するために、 多くのため池が作られました。 震災ではため池の被害が多く、 農業を続けることが困難になり、 収入源が途絶えたことで 住宅ローンが組めないことが問題になりました』 (阪神大震災から2年/神戸市/70代女性)

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