子どもたちの目に入らないように配慮

『余震が続く中、園児と職員たちは、 より高い場所を目指して避難し続けました。 途中で釜石市街地に津波が到達しましたが、 子どもたちの目に入らないように配慮して、 うまく避難させることができました』 (東日本大震災から2年/釜石市)

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人知の及ばない大いなる力が発揮される

『神戸でボランティア活動に参加し、 たくさんの貴重な経験をさせていただきました。 震災という大きな出来事を体験すると、 人知の及ばない大いなる力が発揮されることを 学びました。 私自身、望みを持って人生を歩みたいです』 (阪神大震災から2年/静岡県/50代女性)

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子どもたちが決めたので、大人も従うように

『避難所のルールを子どもたちに 考えてもらったところがあると聞きました。 子どもたちが決めたので、 大人も従うようになり、 避難所の自治を作り上げていったそうです。 みんなが守ろうと思えるルール作りが大事です』 (熊本地震から5カ月/大津町/40代男性)

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近隣の人たちが応援に来てくれたので

『園児のお昼寝中に地震が起こりました。 職員1人で4人の園児を 避難させなければならない状況でしたが、 近隣の人たちが応援に来てくれたので、 手を引いたり抱っこしたり、散歩車に乗せたりして、 避難場所に行くことができました』 (東日本大震災から2年/釜石市)

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「どうか、がんばらないで」

『震災直後から10日間ほど 仕事を休んでボランティアをしました。 最後の日に挨拶すると、 避難所で共に活動し、 いつも気丈に働いていた人が、 声を殺して泣いてしまいました。 私は「どうか、がんばらないで」というのが 精いっぱいでした』 (阪神大震災から2年/静岡県/50代女性)

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長年その地区で暮らしている人が多いと

『避難所内の自治運営は、 地区によって違いがありました。 長年その地区で暮らしている人が多いと、 お互いに顔を知っているので 地区の代表者がまとめやすく、 運営がうまくいっているようでした』 (熊本地震から5カ月/大津町/40代男性)

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中学生が私のリュックを持って、一緒に峠まで

『たどり着いた避難場所から、 津波のしぶきが見えました。 少しパニックになっていたところ、 近くにいた中学生が私のリュックを持って、 一緒に峠まで逃げてくれました。 中学生は訓練していたからか、 冷静に行動していて心強かったです』 (東日本大震災から2年/釜石市/60代女性)

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みなさんにパワーをもらいました

『ボランティアに行くためにバスに乗っていると、 見知らぬ方が、 「私は足が悪くてボランティアができないから」と、 バスの回数券をくださいました。 魚屋さんは「ご苦労さん!」とおまけしてくれました。 みなさんにパワーをもらいました』 (阪神大震災から2年/静岡県/50代女性)

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屋外トイレの横に消防団が持っている簡易水槽を設置

『断水すると、問題になるのはトイレです。 屋外トイレの横に 消防団が持っている簡易水槽を設置し、 消防団員が防火用水槽から簡易水槽に ホースで水を入れてくれて、 その水を各自がトイレを使う時に 水洗タンクに移して流しました』 (熊本地震から5カ月/大津町/40代男性)

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気がついたら高いところを目指して

『津波が町を襲い、 あらゆるものを飲み込む様子を見ました。 ダメかもしれないと思いましたが、 すぐに逃げなきゃと思い直し、 気がついたら 高いところを目指して走っていました』 (東日本大震災から2年/釜石市/10代女性)

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