同僚たちが頑張っている姿が私の原動力

『職場の復旧は大変でしたが、 同僚たちが頑張っている姿が 私の原動力になりました。 夜を徹して作業しなければならない日もありましたが、 みんなで乗り切ることができました』 (熊本地震から9カ月/大津町/30代男性)

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危ないと思ってからでは間に合いません

『東日本大震災で津波を経験し、 地震発生と同時に逃げるべきだと思いました。 危ないと思ってからでは間に合いません。 警報が出る前に避難し、 津波が来なかった時に「よかった」と 思えるようにしなければと痛感しました』 (東日本大震災から2年/釜石市/50代男性)

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人間の心の負の部分が顔を出し始めています

『復興に向けて様々な取り組みがなされていますが、 私は、心の復興と道徳復興とを 併行して進めなければいけないと思います。 震災直後に助け合い、励まし合ったことを忘れて、 人間の心の負の部分が顔を出し始めています』 (阪神大震災から2年/神戸市/60代男性)

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声をかけるのが精いっぱい

『職場にいた時に津波が発生し、 避難し始めた時には足元が浸水していました。 スタッフの避難を手伝う余裕はなく、 山の方面へ逃げるようにと 声をかけるのが精いっぱいでした。 一人が津波にのまれましたが、 運良く助かり、ほっとしました』 (東日本大震災から2年/釜石市/50代男性)

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こんな時にまで、十分な行政サービスを要求する人がいるのかと

『震災当日の避難所での夜、 物資が揃わないことに対して不満の声を誰かが漏らし、 行政や避難所管理者の対応を ののしる言葉まで聞こえました。 私はこんな時にまで、 十分な行政サービスを要求する人がいるのかと 残念に思いました』 (阪神大震災から2年/神戸市/60代男性)

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修繕は無理だと納得しました

『職場が16日の本震で大きな被害を受け、 今後は使用できないと知らされました。 就職してからずっと働いてきた場所なので さみしい思いがしていたのですが、 地震から数日後、中に入ったとき、 修繕は無理だと納得しました』 (熊本地震から9カ月/大津町/30代男性)

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建物の1階が浸水し始める中で避難

『津波が来たという情報が ラジオから聞こえたので窓を見ると、 遠くに津波が見えていました。 砂煙が上がったり、バキバキと音を立てたりして、 土石流のようでした。 建物の1階が浸水し始める中で避難しました』 (東日本大震災から2年/釜石市/50代男性)

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殻にこもりがちになりました

『震災から2年が過ぎようとしても、 まだ住宅確保の見通しが立ちません。 かつては助け合った周りの人たちも 自分のことで手一杯になっているようで、 殻にこもりがちになりました』 (阪神大震災から2年/神戸市/60代男性)

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慌てて何もできませんでした

『14日の地震の後、 余震が続くことは覚悟していました。 ただ、16日の本震が来るとは 思っていなかったので、 大きな揺れを感じた瞬間は 何が起こったのかわかりませんでした。 2日前に地震を体験していても、 慌てて何もできませんでした』 (熊本地震から9カ月/大津町/30代男性)

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