小さな歩みであっても進んでいこう

『復興が進み、壊れたものが新しくなるにつれて、 人々の記憶から震災は薄らいで行くのだと思います。 心の傷を抱えながらも、 少しずつ、小さな歩みであっても進んでいこうと、 最近になってやっと思えるようになりました』 (阪神大震災から2年/宝塚市/30代女性)

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普段の近所づきあいの中でお互いを理解

『古くから暮らす人が多く コミュニティがしっかりしているところは、 普段の近所づきあいの中でお互いを理解できるんです。 だから、新しい住民が多い地域と比べて、 災害時の連携がうまくいく傾向にあったと思います』 (熊本地震から9カ月/大津町/30代男性)

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車を取りに戻ろうとしましたが

『海のすぐ近くにある 水産加工場で仕事をしているときに、 地震が起こりました。 すぐ高台に避難しましたが、 自宅の母と、職場の車が気になり、 何度か車を取りに戻ろうとしましたが、 工場長にとめられました。 おかげで今生きています』 (東日本大震災から2年/釜石市/50代女性)

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表現できる場を探している人が私以外にも大勢いる

『震災体験の手記集を募集していることを知り、 救われたような気がしました。 今も震災と向きあい、 心の中にモヤモヤを抱え、 表現できる場を探している人が 私以外にも大勢いるんだと感じたからです』 (阪神大震災から2年/宝塚市/30代女性)

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地域リーダーの指示のもと、炊き出しや避難所運営

『私が支援に行った避難所では、 避難者の方々が お米やお味噌などの食材を全部持ち寄って、 地域リーダーの指示のもと、 炊き出しや避難所運営をしていました。 お年寄りへの声かけなど、 配慮も行き届いていました』 (熊本地震から9カ月/大津町/30代男性)

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山へ向かう道を登って助かりました

『仕事中に地震に遭いました。 すぐに避難をしなければと、 まずは自宅に向かい、家族に避難するよう伝えてから、 車椅子の親戚の元へ行きました。 親戚と避難所に行きましたがそこも危ないと言われ、 山へ向かう道を登って助かりました』 (東日本大震災から2年/釜石市/60代男性)

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さまざまな感情で、もがく日々が続いています

『私は家も仕事も震災前のままで、 同じ暮らしをしています。 けれども気持ちの整理はついておらず、 時々震災を思い出して不安に襲われたり、 気持ちの整理がついたかのように落ち着いたり、 さまざまな感情で、もがく日々が続いています』 (阪神大震災から2年/宝塚市/30代女性)

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役目を果たすことで気持ちがプラスに

『避難所には多くのボランティアさんが 来てくださっていましたが、 避難者の方々も活動していました。 避難者は何らかの役目を果たすことで 気持ちがプラスになったでしょうし、 他の人たちも、できることはしようと、 励みになったようです』 (熊本地震から9カ月/大津町/30代男性)

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私は運良く助かりましたが

『近所の人が逃げるのが見えたので、 夫と二人で避難を始めました。 訓練通りに公園に向かおうとしましたが 車が一杯で先に進めませんでした。 そうするうちに津波に飲み込まれました。 私は運良く助かりましたが、 夫は助かりませんでした』 (東日本大震災から2年/釜石市/60代女性)

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溝は、どんどん広がるようです

『私は地震で、唯一の親戚だった一家を 全員失いました。 地震から2年たった今も、孤独感が残ります。 同じ地震を経験しながらも、 人によって失ったものの大きさが違うようで、 大きな溝を感じます。 その溝は、どんどん広がるようです』 (阪神大震災から2年/宝塚市/30代女性)

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