こんな大きな津波が来るとは思わず

『3メートルの津波警報を聞いたとき、 海はまだ少し海面が高くなっている程度でした。 こんなに大きな津波が来るとは思わず、 道路から海の様子を眺めていました。 波が高くなってから避難し、 津波にのまれましたが、運良く助かりました』 (東日本大震災から2年/釜石市/女性)

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地震対策は数百年単位でさかのぼって考えなければ

『神戸は地震が起こらないといわれていましたが、 大災害となりました。 近所のお寺に残る記録によると 神戸地方では400年前に、 大きな地震があったそうです。 地震対策は数百年単位でさかのぼって 考えなければならないと痛感しました』 (阪神大震災から2年/神戸市/40代男性)

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今後に生かせるノウハウが身についた

『仕事で震災対応をすることになり、 大変でしたが、やっているうちに 貴重な経験をさせていただいていると 思えるようになりました。 今振り返ると、きちんと役目を果たすことで、 今後に生かせるノウハウが 身についたと思います』 (熊本地震から9カ月/大津町/30代男性)

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一時避難として防潮堤に上がることが習慣化

『海岸付近にある私たちの地域では、 一時避難として防潮堤に上がることが 習慣化していたので、 住民や水産加工場の従業員の多くが、 防潮堤から海の様子を見ていました。 その後、高台へ避難しました』 (東日本大震災から2年/釜石市)

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余震が起こる度に、楠の下に

『そろそろ起きようと思った時に、 地震が起こりました。 すぐに外へ出て、 お寺の境内に行きました。 関東大震災を経験した祖母が 「地震の時は大きな木の下が安全」と 教えてくれたことを思い出し、 余震が起こる度に、楠の下に身を寄せました』 (阪神大震災から2年/神戸市/40代男性)

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LINEで情報が入ってきました

『震災直後に職場へ連絡する時は、 メールをよく使いました。 固定電話は話し中が多かったため、 電話は個人の携帯にかけることが多かったです。 安否確認や道路状況は、 LINEで情報が入ってきました。 写真も送れるので便利でした』 (熊本地震から9カ月/大津町/30代男性)

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地震が起こった瞬間に津波を想定

『港湾で働いているので、 地震が起こった瞬間に津波を想定し、 防潮堤の門扉を閉めました。 潮位の変化を見ると引き始めていたので、 指定避難場所に行き、 海の様子を見るといつもより大きいと思ったので、 さらに高い場所へ避難しました』 (東日本大震災から2年/釜石市/60代男性)

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治る見込みはありませんが

『地震で家の下敷きになり、 頭痛やめまい、体の痛みが今も残ります。 主治医の先生には原因不明と言われ、 治る見込みはありませんが、 私のような方が被災地には大勢いると思います。 お世話になった方への感謝を忘れず、 がんばりたいです』 (阪神大震災から2年/神戸市/40代男性)

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助け合いがうまくいっているようでした

『もともと地域に運営力があると、 災害が起こった時でも、 避難者の把握や支援物資の管理が きちんとできていて、 近所同士の助け合いがうまくいっているようでした。 避難生活の余裕にもつながると思います』 (熊本地震から9カ月/大津町/30代男性)

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慌ててより高い場所へ駆け上がりました

『地震が発生してすぐに、 高台にある避難所へ車で向かいました。 海より10m以上高く、沖がよく見える場所でした。 波が引き始めてもなかなか津波は来ず、 20~30分後に町が次々と飲み込まれました。 慌ててより高い場所へ駆け上がりました』 (東日本大震災から2年/釜石市/60代男性)

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