親切な方が手製のマスクをくれました

『地震から2カ月が経った頃、 町中で建物の解体が行われ、 運び出しのトラックが行き交っていました。 ホコリが舞っているので、手で口を押さえていると、 親切な方が手製のマスクをくれました。 このマスクで救われ、心が温かくなりました』 (阪神大震災から2年/神戸市/60代男性)

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自宅の老朽化が心配で車中泊

『職場が大津町でしたので、 地震の後、すぐに職場に様子を見に行きました。 本震の後は自宅に帰れない日が続き、 帰れたとしても自宅の老朽化が心配で 車中泊をしましたので、 疲れが取れずしんどい日々でした』 (熊本地震から9カ月/大津町/30代男性)

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翌日になってやっと救助できました

『津波の後、建物から外を見ていると、 近隣の女性が、 津波でずぶ濡れになっているのが見えました。 気をしっかり持つよう声をかけ続け、 翌日になってやっと救助できました』 (東日本大震災から2年/釜石市/50代男性)

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電車が開通していない区間は、代替バスに

『地震から2カ月経ってから、 仕事が再開しました。 仕事場に行くにあたり、 電車が開通していない区間は、 代替バスに乗りました。 バスは次々とやってきましたが、 乗客の列は1㎞以上続いていて、 2時間以上並びました』 (阪神大震災から2年/神戸市/60代男性)

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買い換える頃には、危機感が薄れているのでは

『地震を経験し、 非常食を用意されたところが多いと思います。 ただ、非常食は2、3年で賞味期限がくるので、 買い換える頃には、 危機感が薄れているのではと思います。 災害への備えの大切さを 啓発していきたいです』 (熊本地震から9カ月/大津町/40代男性)

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下着と防寒具が必要だと思って自宅に

『会社で地震に遭いました。 避難する前に、 下着と防寒具が必要だと思って自宅に戻りました。 そこへ津波がきて、逃げ遅れました。 4階建てだったので、なんとか助かりましたが 本当にあぶないところでした』 (東日本大震災から2年/釜石市/50代男性)

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ずっと地震の残片が頭にあります

『地震でガラスケースが割れました。 掃除は毎日しているのですが、 2年たった今、ガラスの破片が足に刺さり 痛い思いをしました。 震災で壊れた縁石に足をとられ、こけて骨折した右足も、 時々うずきます。 ずっと地震の残片が頭にあります』 (阪神大震災から2年/神戸市/60代男性)

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伝えていくことができれば

『阪神・淡路大震災や東日本大震災と比べると、 熊本地震は被害が少なかったといわれています。 何年かすると風化していくんでしょうね。 当時の様子を口頭でも何でもいいので、 伝えていくことができればと思います』 (熊本地震から9カ月/大津町/40代男性)

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シミュレーションしていた通りにできない部分がたくさん

『幼少期から祖父や父に、 津波に対する準備や避難を教えられていました。 そして地震が発生する度に行動してきました。 けれども東日本大震災はあまりに大きく、 シミュレーションしていた通りにできない部分が たくさんありました』 (東日本大震災から2年/釜石市/50代男性)

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震災を忘れず、教訓にしなければ

『被災地が完全に復興するには 最低でも10年はかかると聞きました。 都市の復興は個人の力ではできませんが、 勇気と希望を持たなければと思います。 そして震災を忘れず、 教訓にしなければと思います』 (阪神大震災から2年/神戸市/30代男性)

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