より高い裏山に登ろうと家族で決めていました

『日頃から私の父は、 「津波が到達するときには3倍の高さになっている」 と話していました。 だから、指定された避難場所ではなく、 より高い裏山に登ろうと 家族で決めていました』 (東日本大震災から2年/釜石市/女性)

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遠方に住む親戚の大工さんにお願いしました

『店が全壊しました。 瓦礫の撤去が終わったので すぐに再建しようと思い、 工務店を探しましたが見つかりません。 仕方がないので、 遠方に住む親戚の大工さんにお願いしました』 (阪神大震災から3年/神戸市/50代男性)

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携帯電話用の電源を確保するのに困りました

『震災で電気が止まったので、 携帯電話用の電源を確保するのに困りました。 避難所運営の役目をしていて、 外部との電話連絡が必要だったので、 発電機を使わせてもらいました』 (熊本地震から9カ月/大津町/30代男性)

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最初からもっと高いところに避難すべきだったかも

『地震発生直後、 近所の人たちと高台へ避難しました。 海がよく見える場所でした。 津波が堤防を越えるのが見たので、 指定避難所に移動をしました。 みんな助かりましたが、 最初からもっと高いところに 避難すべきだったかもしれません』 (東日本大震災から2年/釜石市/女性)

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自分たちの地域のためと思い

『地域や避難所での役を引き受けたこともあり、 地域の復興を考える会議や 避難所の運営を検討する会議に出席し、 そして、まちづくりや復興、 再開発に関する勉強会に参加しました。 自分たちの地域のためと思い、 必死でした』 (阪神大震災から3年/神戸市/50代男性)

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避難所を開設することは、想像以上に困難

『避難所を開設することは、想像以上に困難でした。 予定していた場所も被害にあっていて、 使えない場合があったからです。 単に解放すればいいのではなく、 確認や調整が必要でした』 (熊本地震から9カ月/大津町/30代男性)

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町を振り返ると湖のよう

『3メートルの大津波警報が発表されました。 私の家は高台にあるし、 12メートルの防潮堤もあるので、 大丈夫だろうと様子を見ていると、 家の中に水が入ってきました。 慌てて高台に逃げました。 町を振り返ると湖のようになっていました』 (東日本大震災から2年/釜石市/60代女性)

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震災から約3カ月後にやっと許可

『地域のがれき撤去を進めるため、 地域の代表として市と交渉をしました。 早く家を建てたい人がいるので、 できるだけ早く撤去したかったのですが、 投棄場所が決まっておらず、 震災から約3カ月後にやっと許可が下りました』 (阪神大震災から3年/神戸市/50代男性)

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