信号設置の要望書を提出しました

『震災後、店を再建した人たちと、 商店街を結成しました。 人の流れを知りたいと思ったので、 近隣の大学に相談すると、 学生がボランティアで調査してくれました。 その結果、信号がなくて不便だと判明し、 信号設置の要望書を提出しました』 (阪神大震災から3年/神戸市/50代男性)

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事前のルールづくりが必要

『震災以前も、台風や大雨で 避難所を開設しましたが、 利用は数人だけでした。 地震ではあふれるほどの人が押し寄せ、 先に避難所に入った人が 占有する状況になってしまい、 後で整理するのが大変でした。 事前のルールづくりが必要でした』 (熊本地震から9カ月/大津町/40代男性)

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あっという間に近くまでやってきて

『避難するために急いで山に登りました。 遠くに見えていた津波は あっという間に近くまでやってきて、 登っても登っても追いかけられました。 間一髪で助かりましたが、 本当に危なかったです』 (東日本大震災から2年/釜石市/80代女性)

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知り合いが増えました

『自分の町が震災で大きな被害を受け、 町が復興する様子を記録し、 情報誌やラジオで伝える活動を始めました。 それから24年がたち、知り合いが増えました。 幅広い世代の人たちとの交流から、 いろんなことを教えてもらっています』 (阪神大震災から24年/神戸市/70代男性)

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実際の状況を想定した訓練でなければ

『災害対応に全く慣れておらず、 地震の後が大変でした。 震度5を想定した避難訓練は想定していましたが、 避難所を開けて終わりだったんです。 もっと想像力を働かせて、 実際の状況を想定した 訓練でなければならなかったと思います』 (熊本地震から9カ月/大津町/40代男性)

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テレビで見たスマトラの地震を思い出し

『山にほんの少し上ったところで 後ろからバリバリと音が聞こえてきました。 振り返ると、はるかかなたに 土煙をあげ、 電柱をなぎ倒しながら押し寄せる 津波が見えました。 テレビで見たスマトラの地震を思い出し、 慌てて山に登りました』 (東日本大震災から2年/釜石市/80代女性)

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店舗経営者たちで商店街を結成ました

『震災で被害を受けた駅が新しくなり 私の店の前は人通りが増えました。 けれども周囲はまだ更地が多く、 夜道が暗い状態でした。 そこで街灯を付けようと、 店舗経営者たちで商店街を結成ました』 (阪神大震災から3年/神戸市/50代男性)

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家族が仕事を理解してくれていたので

『私は仕事の関係で、 地震が発生すると出社しなければなりません。 前震の時から家に帰らぬまま、 本震が起こったのですが、 家族が仕事を理解してくれていたので 助かりました。 電話で家族の無事を確認し、 そのまま一週間ほど職場にいました』 (熊本地震から9カ月/大津町/40代男性)

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みんな家にいて、のんびりしていました

『地震後、避難所へ向かう前に、 友達の家に寄って避難を呼びかけました。 みんな家にいて、のんびりしていましたよ。 持ち物を考えながら準備していたり、 津波が来るなんてことは全く思ってなかったり。 みんな助かって、よかったです』 (東日本大震災から2年/釜石市/80代女性)

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この町をどうすればいいのか

『地域の復興を話し合う組織として まちづくり協議会を立ち上げました。 会合の出席率が悪く、 他地区のリーダーに聞いても同じ状況でした。 その上、参加者の利害は一致せず、 この町をどうすればいいのか、答えが出ませんでした』 (阪神大震災から3年/神戸市/50代男性)

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