リーダーになれる人を育てておかなければ

『震災直後の避難所はルールがなく混乱しました。 ルールができても運用面でのトラブルもありました。 その後さらに改善されて落ち着きましたが、 災害の前に、 避難所のリーダーになれる人を 育てておかなければ大変です』 (阪神大震災から3年/西宮市/40代男性)

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湧き水に助けられました

『地震で電気と水道が止まったので、 近くの湧き水がある場所に行って、汲むことにしました。 けれどもちょっと濁っていたので、 別の場所を知り合いに教えてもらって、確保しました。 湧き水に助けられました』 (熊本地震から7カ月/大津町/40代男性)

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仮設住宅では集落ごとにまとまって入った方が

『震災後、集落の人々がバラバラに避難したので、 自治会長として各避難所を回り続けました。 仮設住宅では集落ごとにまとまって入った方が、 コミュニケーションが円滑で 健康な暮らしができるだろうと思い、 役所へ提案しました』 (東日本大震災から6年/名取市/80代男性)

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心のケアはまだまだ必要

『町の復興が進み、 新しい家々が立ち並びつつあります。 震災の爪痕は いつかは無くなるのかなと思いますが、 心に負った傷はなかなか消えるものではありません。 心のケアはまだまだ必要です』 (阪神大震災から3年/西宮市/50代女性)

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会話不足で引きこもりになることも多い

『仮設住宅に入ると、 知らない人同士が隣り合うことになり、 会話不足で引きこもりになることも多いと聞きました。 催しをすることで新たな知り合いをつくり、 地域づくりにもつなげることができればと思って、 仲間とともに企画しています』 (熊本地震から5カ月/大津町/40代男性)

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なんとか今まで生きてきました

『半島部で津波にあいました。 集落でたった1軒残った空き家で かろうじて避難している時は、 年齢的なものもあって衰弱してしまい、 もう死ぬかと思いました。 支えられて、なんとか今まで生きてきました。 ありがたいことです』 (東日本大震災から6年/石巻市/80代女性)

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震災の苦労を今まで以上に実感

『震災直後はわけがわからなかったので、 なんとかなるだろうと明るい気持ちでいられました。 けれども住宅再建の見通しが立たず 行き詰まってしまった今、 震災の苦労を今まで以上に実感し、 重くのしかかっています』 (阪神大震災から3年/神戸市/40代女性)

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周りの人が支援の声を上げるのも、大切なこと

『大津町も地震での被害は深刻でしたが、 地震での被害は周辺の町の方が大きかったので、 お風呂や家が壊れていても、 支援を受けるのを遠慮する人が大勢いました。 必要に応じて、周りの人が支援の声を上げるのも、 大切なことだと思います』 (熊本地震から5カ月/大津町/40代男性)

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妻が生きていたら地域活動に精を出しているだろうな

『震災時、私の妻は地域のお年寄りを助け回り、 津波にのみ込まれてしまいました。 妻が生きていたら地域活動に精を出しているだろうなと思い、 震災後、私がお年寄りのお世話をし続けています。 私なりの供養です』 (東日本大震災から6年/名取市80代男性)

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さみしくなったり、腹立たしくなったりします

『いつまでも嘆いていてはいけないと思います。 けれども、私よりも住宅の被害が少なかった人と 自分とをつい比べてしまい、 震災から3年経った今でも、 さみしくなったり、腹立たしくなったりします』 (阪神大震災から3年/神戸市/40代女性)

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