道がガタガタのまま

『震災復興って、本当に長い時間かかるんですね。 5年たった今も、 道がガタガタのままの所がたくさんあって、 いつになったらちゃんとなるのかなって思います。 まだ何年かかかりそうです』 (阪神大震災から5年/神戸市/80代女性)

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正しい情報をきちんと載せなければ

『震災の時、SNSでの情報共有は有効でした。 ただ、緊急時だからこそ、 正しい情報をきちんと載せなければなりません。 情報がどんどん広がって、異常だなと思うほどでした。 見切り発車で流し実際と異なると、大変な騒ぎになるんです』 (熊本地震から5ヶ月/大津町/30代男性)

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もらっているわけではありません

『東京電力からの賠償について、 私たちはよく「賠償をもらっている」と言われますが、 賠償は償いだから、 一方的にもらっているわけではありません。 金額だけが一人歩きして広まるのも、納得いかないです』 (東日本大震災から6年/東京都/40代男性)

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あまり思い出さなくなりました

『震災で、親戚が家を失いました。 かわいそうだったけれども、 命が助かって良かったと心から思いました。 親戚が仮設住宅から出た今は、 地震のこと自体、あまり思い出さなくなりました』 (阪神大震災から5年/神戸市/80代女性)

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事前の情報発信はやめました

『仕事関係で、届いた物資の配布に関わりました。 物資が届くという情報が入った段階で、 受け取るまでにSNSで情報発信していたのですが、 実際には違う物資が届き、困ったことがありました。 その後、事前の情報発信はやめました』 (熊本地震から5ヶ月/大津町/30代男性)

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孫との暮らしを楽しんでいます

『浜に戻って暮らしたかったけど、 健康にも自信が無くなってきたし 孫と暮らすのも良いかなと思って、 内陸の子どもの家族と 同居させてもらうことにしました。 孫との暮らしを楽しんでいます』 (東日本大震災から6年/石巻市/70代女性)

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年齢によって生活のしんどさが違う

『年齢によって生活のしんどさが違うんです。 阪神淡路の時は今より少し若かったので、 避難所でもなんとか過ごしました。 私は空襲の経験もあり 空襲の方が状況は悪かったんですが 私が若かったので 何とも思わず生活していました』 (阪神大震災から5年/神奈川県/70代男性)

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建物が潰れていないことを確認

『2回目の地震は夜中でしたが、 揺れが収まってすぐ会社に行きました。 建物が潰れていないことを確認できてホッとしました。 私は1人暮らしなので、 会社がなくなったら 明日からの生活はどうなるんだろうと、 不安でしかたがなかったんです』 (熊本地震から5ヶ月/大津町/30代男性)

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一人で食べる食事は美味しくない

『津波の後、同居していた孫達と離れて暮らしています。 一人で食べる食事は美味しくないし、 特にさみしく感じます。 心の支えになっているのが たまに来てくれるボランティアの学生達との交流。 気軽に過ごせるよう休憩小屋を建てました』 (東日本大震災から6年/石巻市/80代女性)

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家の話をすると元気がなくなる

『住宅の再建をどうするかを妻に相談しても、 意見は言ってくれません。 お互いに年なので、 簡単に決められることではないんです。 家の話をすると元気がなくなるし、 体調を崩しそうになるので、あまり話さなくなりました』 (阪神大震災から5年/神奈川県/70代男性)

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