私が悩んでいる状態を伝えられませんでした

『漁村に戻って一人で暮らそうか、 それとも娘と一緒に住もうかと、 一人で悩み心細かったです。 行政から再建の意向調査アンケートはきましたけど選択式で、 私が悩んでいる状態を伝えられませんでした。 誰かと話したかったです』 (東日本大震災から6年/石巻市/70代女性)

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避難所以外で暮らす人に配ることにしました

『震災による火災で焼け野原になったので 住民はいなくなったわけですが、 ボランティアの活動拠点になり、 人が集まり始めました。 人が集まると救援物資が届き始めました。 そこで、公園など 避難所以外で暮らす人に配ることにしました』 (阪神大震災から5年/神戸市/40代男性)

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本当に必要な人に届いていなかったかも

『炊き出しでの支援に関わったのですが、 今振り返ると、やり過ぎだったかなと思います。 立地の良い場所で提供したので、 誰でもが食べに来ることができました。 本当に必要な人に届いていなかったかもしれません』 (熊本地震から5ヶ月/大津町/30代男性)

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漁港の瓦礫の掃除を一気に終えることができました

『震災から1カ月半がたち、 ひとりで浜の片付けをしていると、 社会福祉協議会から ボランティア60人を受けてくれないかと相談があり、 来ていただきました。 おかげで、漁港の瓦礫の掃除を一気に終えることができました』 (東日本大震災から6年/石巻市/40代男性)

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何かしたいという気持ちの人がいっぱい集まって

『震災後の神戸には 何をしたらいいのかわからないけれども 何かしたいという気持ちの人が いっぱい集まっていました。 そういう人達が繋がってグループになり ボランティア活動の幅を拡げていきました』 (阪神大震災から5年/神戸市/40代男性)

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何としてでも再開したい

『私が運営している店の店内が 地震でめちゃくちゃになりました。 ただ、商品をお求めのお客さんが居られると思うと、 何としてでも再開したいという気持ちが湧いてきました。 片付けに4日かかりましたが、 なんとか再開できました』 (熊本地震から5ヶ月/大津町/30代男性)

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一日も休まず浜へ通い、掃除をしました

『私たちの集落は浜辺にあり、津波で被害を受けました。 救援物資が届かないので 内陸の避難所へ避難しました。 避難後は内陸にある妻の実家の車を借り、 一日も休まず浜へ通い、掃除をしました。 そのまま放っておくことはできませんでした』 (東日本大震災から6年/石巻市/40代男性)

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震災での苦労もあったけど、幸せ

『震災がきっかけでいろんな人に出会いました。 知り合いが増えてうれしいです。 いろんな話を聞けるのが楽しみ。 震災での苦労もあったけど、 幸せだなって思えます』 (阪神大震災から5年/神戸市/80代女性)

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業務再開へのパワーが湧いてきました

『震災前に、 東日本大震災で被災した同業者の講演会に 参加したことがありました。 被災して大変でしたが、 自分でも意外だと思うほど、 講演内容をよく覚えていて、 業務再開へのパワーが湧いてきました』 (熊本地震から5ヶ月/大津町/30代男性)

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新しいコンセプトが街に合うのかどうか

『震災から時間が経ち、 街の状況が変わってきました。 震災直後から続けてきたまちづくり活動の、 コンセプトを変えなければなりません。 ただ、まだ街は変わっており、 新しいコンセプトが街に合うのかどうかが わからないので悩ましいです』 (東日本大震災から6年/石巻市/50代女性)

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