普段からの交流と理解が必要

『避難所では物資をもらうために並ぶのですが、 発達障害等で並ぶことが難しい人もいたので、 なんとかならないかと頼むと、 杓子定規に「皆並んでいますから、並んでください」 と言われました。 普段からの交流と理解が必要だと思いました』 (熊本地震から1年/熊本市/60代男性)

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【阪神・淡路大震災の起こった日(1月17日)まで 後4日~忘れないために~】人の温かさが身にしみました

『震災直後にボランティアで来てくださった方々には、 感謝しています。見ず知らずの私達のために、物資などを車にいっぱい詰め込んで、県外からもやってきてくれました。家や家財道具を失い途方に暮れている中に、温かさが身にしみました』(阪神大震災から23年/神戸市/50代男性)

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孫との食事が楽しみです

『漁村に暮らしていましたが、津波の被害を受け、 娘のいる内陸に出てきました。 特に用事がなく、車の運転ができないので、 出かけることもありません。 今は娘の家族が年に一度、旅行に誘ってくれます。 孫との食事が楽しみです』 (東日本大震災から6年/石巻市/80代男性)

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【阪神・淡路大震災の起こった日(1月17日)まで 後5日~忘れないために~】 【阪神・淡路大震災の起こった日(1月17日)まで 後5日~忘れないために~】記録に残していくことがこれから先、ますます必要

『阪神淡路大震災から時間がたつにつれ、当時のことを知る人が減ってきました。記録に残していくことがこれから先、ますます必要になってくるし、きちんと検証してほしいと思います』(阪神大震災から23年/神戸市/70代男性)

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神戸で、震災犠牲者のご冥福をお祈りします

『毎年1月17日の5時46分は 神戸で、震災犠牲者のご冥福をお祈りします。 震災が起こったのは早朝でしたが、 三宮では夕方に慰霊法要が行われ、 時間的に集まりやすいからか、 大勢の人が集まっています』 (阪神大震災から23年/神戸市/50代男性)

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【阪神・淡路大震災の起こった日(1月17日)まで 後6日~忘れないために~】人と人とのお付き合いを大切にしたまちづくりを

『職場の周りでたくさんの方が亡くなった事を、震災から数日後に、自衛隊の方が遺骨を拾っているのを見て知りました。顔見知りもいて、ショックでした。震災後、人と人とのお付き合いを大切にしたまちづくりをしようと取り組んでいます』(阪神大震災から23年/神戸市/70代男性)

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避難所へ行けない障がい者や高齢者が残っている

『熊本地震の後、私は地域を巡回しました。 わかったのは、応急危険度判定で危険とされている建物の中に、 避難所へ行けない障がい者や高齢者が残っていること。 支援が必要だと思い、すぐに行動を始めました』 (熊本地震から1年/熊本市/60代男性)

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【阪神・淡路大震災の起こった日(1月17日)まで 後7日~忘れないために~】 【阪神・淡路大震災の起こった日(1月17日)まで 後7日~忘れないために~】地震が起こると瞬間的に怖さが蘇ります

『震災から20年以上経っても地震が起こると瞬間的に阪神・淡路大震災を思い出します。少しでも揺れを感じるととっさに身構え、この後どれぐらい大きく揺れるのかを想像し怖くなります』(阪神大震災から23年/神戸市/40代女性)

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寝静まった避難所に帰るのは難しかった

「災害復旧に関係する仕事をしているので、 震災後、忙しくなりました。 毎日の帰りが遅くなり、 寝静まった避難所に帰るのは難しかったのですが、 知り合いから家を譲り受けることになり、 そこで生活ができたので助かりました』 (東日本大震災から6年/石巻市/60代男性)

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縁の無い地域での暮らしは思っていた以上にしんどい

『仮設住宅を出て、 新しい住まいに移りました。 仮設住宅で苦労したので、 少し離れた地域に行きたいという思いがあり、 希望が叶った形での転居でしたが、 縁の無い地域での暮らしは 思っていた以上にしんどい。 戻りたいと思ってしまいます』 (阪神大震災から5年/神戸市/50代男性)

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