集落の人たちでなんとかしなければ

『避難所では開設当初、 公の支援がなかったので、 集落の人たちでなんとかしなければと思いました。 そのため、その後の地域づくりの活動も、 自分達のことは自分達でと取り組んでいます。 避難所の時の気持ちが、今も続いています』 (東日本大震災から6年/石巻市/60代男性)

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幸せになるかどうかは、自分次第

『応急仮設住宅があった四年半の間に、 見知らぬ人同士が一緒になって、 交流してきました。 ここで幸せと思って暮らしていた人は 次の場所でも幸せだと感じるはずだと 僕は思っています。 幸せになるかどうかは、自分次第ですから』 (阪神大震災から5年/神戸市/50代男性)

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地震の被害が少ない、遠い地域に引越す人も

「地震後に賃貸物件を探す人が増えましたが、 空いている賃貸物件でも、 被害を受けた家は、 修繕するまで入居できません。 大家さんはいつ貸せるかがわからず、 借りたい人も待てないので、 地震の被害が少ない、遠い地域に引越す人もいました』 (熊本地震から1年/南阿蘇村/60代男性)

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トイレや水回り等は壊れたまま

『避難所生活になじめず、 とりあえず家は残ったので、 応急修理の制度を使って家の傷んだ箇所を直して 暮らしてきました。 制度では費用が足りなかったので、 震災から6年経った今でも、 トイレや水回り等は壊れたままです』 (東日本大震災から6年/石巻市/70代男性)

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全員が仮設を出るまで見届ける

「仮設住宅の自治会長を引き受けた以上、 全員が仮設を出るまで見届けると決めました。 自分は未熟だったと思いますが、 人に支えられてやってきました。 仮設の住民が減って、自治会活動はありませんが、 最後の一人まで見届けたいです」 (阪神大震災から5年/神戸市/50代男性)

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要援護者の対策にはしっかり取り組まねば

『ご高齢の方は、 環境の悪い中で生活を続けると 体が弱ってしまうということを、 地震後の避難生活で知りました。 今後、いつ起こるかわからない災害のためにも、 要援護者の対策には しっかり取り組まねばと思っています』 (熊本地震から1年/熊本県/40代男性)

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引き込むにあたって余分な手間かかり

『国土強靱化ということで、 震災からの復旧をする際に、 電柱を地中化することになりました。 店を再建したのですが、 電線類が地下に埋設されているので 引き込むにあたって余分な手間かかり、大変です』 (東日本大震災から6年/宮古市/60代男性)

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焼け残った楠や電柱を、遺構として

『震災後の公園づくりの際に、 その場にあった焼け残った楠や電柱を、 遺構として残してもらいました。 公園の中のものは意見を出せたのですが、 街路樹のプラタナスは、 市に意見する前に伐採されてしまいました。 今でも残念に思っています』 (阪神大震災から22年/神戸市/70代男性)

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次の災害対策へ向けて

『熊本地震での被害があり、 直後の緊急対応や、復旧に取り組んできました。 状況を回復させることで安心するのではなく、 これを機に、次の災害対策へ向けて 防災にも取り組んでいこう思っています』 (熊本地震から1年/熊本県/40歳代男性)

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ここでの知り合いを作らなければ

「津波で家が流され、 知り合いのいない土地に来ました。 何もかも失い、心も落ち込んでいますが、 ここでの知り合いを作らなければと思い、 近所の人にあいさつするようにしています。 声をかけるのが苦手なので緊張します」 (東日本大震災から6年/石巻市/70代男性)

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