4月までに居住地を決めなければならないので

『浪江町から福島市に、 両親と私達夫婦と子ども2人で避難しました。 家を探しましたが1DKばかり。 子どもの小学校入学のため、 4月までに居住地を決めなければならないので、 両親は仮設住宅に入居し、 4人で暮らせる家を見つけました』 (東日本大震災から6年/福島市/40代女性)

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今は音が全く聞こえず、孤独に感じます

『仮設住宅から復興住宅に移ってきて 1年が経ちました。 仮設住宅では隣との境は板1枚で 人の気配を感じながら3年半を過ごしました。 見ているテレビが何かまで、はっきりとわかるんです。 今は音が全く聞こえず、孤独に感じます』 (阪神大震災から5年/神戸市/70代女性)

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運転できない知り合いを乗せて

『私は車の運転ができるので、 買い物も美容院も病院も自分で行きます。 仮設住宅に入って間もない頃は、 運転できない知り合いを乗せて、 様々なところに行きましたが、 現在は体調が心配なのでお断りし、 調子良い時に一人ででかけています』 (熊本地震から1年/南阿蘇村/80代女性)

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気持ちよく動かれるボランティアに感動

『沿岸部が津波被害に遭い、 仲間の漁師は皆、気を落としていました。 そんな時にボランティア60人が 来てくれることになりました。 遠くから来られて、 気持ちよく動かれるボランティアに感動し、 頑張ろうという気持ちになりました』 (東日本大震災から1年/石巻市/40代男性)

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無理して参加してもらった人は継続できない

『個人で始めたボランティアでしたが いろんな人に声をかけるうちに、 組織として活動するようになりました。 ただ、4年経った今でも続いているのは 自主的に活動していた人ひとりだけ。 無理して参加してもらった人は 継続できないです』 (阪神大震災から4年/姫路市/50代男性)

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張り替え時期を逃してしまい

『壊れた屋根に張っているブルーシートは、 日差しや雨で破れるので、 1年で3回くらい張り替えなくてはなりません。 ただ、高齢の世帯の住宅は、 張り替え時期を逃してしまい、 家の中が傷んできた家屋が増えてきています』 (熊本地震から1年/南阿蘇村/60代男性)

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住民の方の生活実態を把握しなければと思い

『私は千葉県から応援に来ています。 本当の意味での支援をするためには、 自分も現地に住んでみて、 住民の方の生活実態を把握しなければと思い、 浪江町に住みながら役場に通っています』 (東日本大震災から6年/浪江町/60代男性)

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借金をしての再建は勇気がいる

『震災で全壊や全焼の被害を受けた個人商店は、 再建をあきらめる人が多いようです。 店主が高齢で跡取りがいない人は もちろん難しいでしょうし、 跡取りがいても、景気が悪い中で、 借金をしての再建は 勇気がいることですから』 (阪神大震災から4年/神戸市/50代男性)

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顔や腕がすっかり日焼けしました

『地震で集落に住めなくなり、 住民がバラバラになりました。 私は役員として、 応急仮設住宅やみなし仮設を周って、 生活再建に必要な行政情報等を届けたり、 住民の橋渡をしたりをする役割があります。 顔や腕がすっかり日焼けしました』 (熊本地震から1年/南阿蘇村/60代男性)

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山菜と魚介類がいっぱいとれる場所なので

『震災で道路が被害を受けたため、 物資が入ってきませんでしたが、 山菜と魚介類がいっぱいとれる場所なので、 集落へ救援に訪れた人へおもてなしできました。 今でも、地域に帰ってくる人との集いの場をつくって、 もてなしています』 (東日本大震災から6年/石巻市/80代女性)

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