漁村に家を建てたら遠くてできなくなります

『私たち夫婦は 漁村で再建することを希望していますが、 息子は、震災から4年経った頃に 市街地で暮らすと決め、家を建てました。 私は忙しい息子夫婦の代わりに、 孫の送り迎えをしています。 漁村に家を建てたら遠くてできなくなります』 (東日本大震災から6年/石巻市/70代女性)

続きを読む

よく命が助かった

『震災の時、私が寝ている上に たんすが覆いかぶさってきました。 半分意識がない中を、助け出していただきました。 生きた心地がしなかったです。 ただただ、よく命が助かったなと思います。 長生きしたいですね』 (阪神大震災から4年/神戸市/80代女性)

続きを読む

県外にいる息子が抱えています

「家は半壊でしたが、 擁壁が崩れ裏山が迫っているので住めないと思い、 補修はあきらめました。 震災後すぐに住宅物件を探し始め、 15日後には決めました。 住宅ローンについては、私は年齢的に契約できず、 県外にいる息子が抱えています』 (熊本地震から1年/南阿蘇村/70代男性)

続きを読む

私がここに居ることがわかるように

『東日本大震災で、 私の主人と、親戚の数名が行方不明です。 まちは全てが流され、風景が変わりました。 それでも、私がここに居ることがわかるように、 敷地周辺も含めて、震災前よりもきれいにしています』 (東日本大震災から6年/石巻市/70代女性)

続きを読む

ここでの暮らしが思い出に加わりました

『仮設住宅では、 ボランティアさんたちが いろんな行事を企画してくれるので、 楽しませてもらっています。 震災で多くの物を無くしましたけど、 ここでの暮らしが思い出に加わりました。 私も人の役に立ちたいと思っています』 (阪神大震災から4年/神戸市/50代女性)

続きを読む

家を確認に行くと、中がぐちゃぐちゃ

「前震では家の被害は免れましたが、 本震で玄関の扉が開かなくなりました。 30分くらい余震の揺れが収まるのを待ってから、 歩いて避難所に行きました。 夜が明けてから家を確認に行くと、中がぐちゃぐちゃ。 精神的に落ち込みました」 (熊本地震から1年/南阿蘇村/70代男性)

続きを読む

雇用を作ってほしい

「兵庫県にて、福島の子ども達を 屋外で思いっきり遊ばせるプロジェクトを企画し、 家族での参加を募っています。 中には、移住の意志がある家族もいるので、 ライオンズクラブ等にも繋がりをつくり、 雇用を作ってほしいとお願いしています」 (東日本大震災から6年/加古川市/50歳女性)

続きを読む

震災で苦労して人たちが集まっているから

『仮設住宅を出て公営住宅に移りましたが、 今でも週に2回、 電車やバスを乗り継いで 仮設住宅に来ています。 仮設住宅で一緒だった人とは、 心が通じ合う気がするんです。 震災で苦労して人たちが集まっているから、 連帯感がありました』 (阪神大震災から4年/神戸市/50代女性)

続きを読む

支援って何なのだろう

『被災者が自分達で 自主的に運営している避難所は、 イキイキとしています。 行政職員がなんでもしているところは、 あまり活気が無いんです。 支援がない方がいい雰囲気なので、 支援って何なのだろうと悩んでしまいます』 (熊本地震から1年/益城町/30代行政職員)

続きを読む

役所の方が教えてくれて慌てて申請

『住宅再建の支援制度など、 いろんな制度が役所の広報誌などで 紹介されていますが、 申請できるタイミングが来るまでに、 忘れてしまうんです。 先日は役所の方が教えてくれて慌てて申請しました。 なんとかならないかしら』 (東日本大震災から5年/石巻市/60代女性)

続きを読む