大家さんが解体を決意

『私が暮らしていた借家は、 地震で瓦がずれて、被害認定は大規模半壊。 手が出せないまましばらくすると豪雨に襲われ、 雨水が家の中に入ってきて、畳と天井がカビだらけに。 結局、大家さんが解体を決意され、 1年経った今、着手されます』 (熊本地震から1年/南阿蘇村/60代男性)

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チリ津波ぐらいだと思い込んでいた

『チリ津波の時は建物が浮いただけで、 集落での人的被害はありませんでした。 東日本大震災では、 チリ津波ぐらいだと思い込んでいたところ、 17mもの強烈な津波が襲いました。 残念ながら16名の方が亡くなりました』 (東日本大震災から6年/女川町/60代男性)

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震災から1年の頃は、まだまだ大変

『熊本地震から1年というニュースを見て ビックリしました。 まだ1年だなんて。 自分が体験した22年前の阪神・淡路大震災は、 つい先日の出来事のように、鮮明に覚えています。 震災から1年の頃は、まだまだ大変でした』 (阪神大震災から22年/神戸市/60代女性)

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どのように声をかければいいか

「今は、近隣の都市に中古物件を買い、 震災前の生活に戻りました。 たまに、前の集落の人を見かけることがあり、 仮設住宅団地に暮らしているんだと思います。 私は、既に再建したので、 どのように声をかければいいか、いつも迷います」 (熊本地震から1年/南阿蘇村/70代男性)

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もう少し早く住宅に入られたかも

『過疎化が心配なので、 産業優先の復興計画にしました。 住宅ができても雇用が無ければ、 まちそのものが消滅してしまうからです。 ただ、もし住宅を優先にしたら、 被災者はもう少し早く住宅に入られたかも。 思いは複雑です』 (東日本大震災から6年/女川町応援/50代男性)

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コーヒーとピラフだけで営業を再開

『地震で、私が経営している喫茶店の 水道とガスが止まりました。 すぐにカセットコンロを用意し、 近所で水を汲んできて、 数日後にはコーヒーとピラフだけで営業を再開。 家族にはそこまでしなくてもと言われましたが お客様には喜ばれました』 (阪神大震災から22年/神戸市/60代女性)

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自分の家ではないので、落ち着きません

「去年の夏に、避難所から賃貸アパートへ引越しました。 自分の家ではないので、落ち着きません。 それに、応急仮設に入った人は 家電をもらっているそうですが、 私は自分で買いました。 仕方ないのかもしれませんが複雑な気分です」 (熊本地震から1年/大津町/50代女性)

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車を使わないと逃げ切れないです

『津波発生時の避難では、 車は渋滞するので使わない方がいいと聞きますが、 仙台市から南の沿岸部は平野が多く、 何キロも逃げないといけないんです。 足が不自由な方はもちろんのこと、 そうでなくても車を使わないと逃げ切れないです』 (東日本大震災から6年/山元町/60代男性)

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私が哀れに見えるから

『仮設住宅には マスコミの方がたくさん来ていました。 気軽に取材を受けたのですが、 そのことで、私を悪く言う人もいました。 それに、私自身、 私が哀れに見えるから 取材に来たんじゃないかなって思ってしまって。 ちょっとしんどかったです』 (阪神大震災から4年/神戸市/50代女性)

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諦めざるを得ませんでした

『築120年くらいの旧家が、地震で半壊になりました。 さらに雨の影響も受け、家の中がめちゃくちゃになり、 補修は諦めざるを得ませんでした。 先祖から受け継いだ家族の思い出の品も、 5分の1くらいしか残せず、 悔しいです』 (熊本地震から1年/南阿蘇村/70代男性)

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