工場新設のめどが立ちません

「勤め先が被災しました。 今は仮設工場で業務をしています。 元の土地は亀裂があるため、 本設は他の場所に移ることになりました。 今、工事業者の入札をしていますが、 業者が足りないからか落札されず、 工場新設のめどが立ちません」 (熊本地震から1年/大津町/50代女性)

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早く進めることより大事

『復興の進捗が遅いといわれますが、 考える時間が与えられていると私は捉えています。 地元に残る人たちが、 地域の将来について考えることは、 早く進めることより大事なんじゃないかな』 (東日本大震災から6年/石巻市/50代女性)

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自分ではどうしようもなかったけど、憐れでした

『市営住宅に住んでいて、被災しました。 家での生活はできたのですが、 地震から1カ月たっても、まだ水は出ないし、 ボランティアさんが用意してくださった 炊き出しをいただいていました。 自分ではどうしようもなかったけど、憐れでしたよ』 (阪神大震災から3年/神戸市/50代女性)

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時々見に行かないと心配

「地震で家は大丈夫でしたが、 崖崩れの危険があるので避難所へ行きました。 避難所閉鎖後は、隣町の賃貸アパートへ移りました。 私は勤め先が元の地区にあるので、 通勤途中に家の様子を見に戻っています。 時々見に行かないと心配です」 (熊本地震から1年/大津町/50代女性)

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失ったものと向き合う時間がほしい

『私は地震で親を亡くしたし、物もたくさん失いました。 あちこちで建設工事が進み、 町並みが一気に変わると、 気持ちが変化についていけず、しんどいです。 復興を急ぐ方には申し訳ないですが、 失ったものと向き合う時間がほしいです』 (東日本大震災から6年/石巻市/50代女性)

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学べなかった期間は本当につらかった

『今まで勉強する機会がなく、 80歳近くになってから、 夜間中学校に通い始めました。 勉強できる喜びでいっぱいの時に、 震災で校舎が倒壊し、学校は休校に。 2カ月後に再開されましたが 学べなかった期間は本当につらかったです』 (阪神大震災から3年/神戸市/80代女性)

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震災の話を聞きたいと連絡

「避難所でリーダーをしていたため、 震災から1年を前に、多くのマスコミから取材を受けました。 昔、シルバーカレッジで一緒だった方々が ニュースを見ていて、 震災の話を聞きたいと連絡をくれました。 懐かしい面々に会えると思うと嬉しいです」 (熊本地震から1年/菊陽町/70歳男性)

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孫はタクシーで通学することに

『津波で嫁が亡くなりました。 そのため、孫の学校の送り迎えを おじいさんがすることになったのですが、 しばらくして体調を崩し、運転できなくなりました。 孫はタクシーで通学することに。 もう少しで卒業なので、やれやれです』 (東日本大震災から6年/石巻市/70代女性)

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結婚した当初と同じ

『地震で多くの物を失ったけど、 働いて稼いで、買い揃えていくしかないんです。 これって、結婚した当初と同じことだと、 自分に言い聞かせています。 もちろんしんどいけれども、 地震を恨んだって仕方が無いですから』 (阪神大震災から3年/神戸市/30代男性)

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お墓も地震で壊れている

『お彼岸のお参りに行って思い出しましたが、 お墓も地震で壊れているんです。 家も直さないといけないし、 墓も直さないといけなくなりました。 分からないことが多く、不安です』 (熊本地震から1年/南阿蘇村/50代男性)

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