年間2000人が来てくれました

『地域の浜を海水浴場にするため 山水を引いてきて、シャワー室を作りました。 私は震災前、水道工事の仕事をしていたので 簡単なことです。 震災1年目から使えるようになり 年間2000人が来てくれました』 (東日本大震災から5年/石巻市/70代男性)

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週末は必ず戻っています

『自宅の屋根にブルーシートをかけていますが、 風で舞い上がり雨が入ってきて 部屋の中にカビが生え始めています。 市街地の仮設住宅で暮らしているので 生活は大丈夫ですが 自宅が好きなので、週末は必ず戻っています』 (熊本地震から4カ月/南阿蘇村/80歳代女性)

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もし東京で起こったらもっと大変

『神戸の震災がマスコミで報道されていた時は まだ、被災地外の方も関心を持っていたと思いますが 時間の経過とともに、忘れられています。 天災はどこで起こるかわからないし もし東京で起こったら もっと大変だと思いますが』 (阪神大震災から1年/神戸市/60代男性)

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観光客が休憩できる場所として

『津波で被害を受けた自宅を ボランティアさんに手伝ってもらって補修しました。 今は公営住宅に入居したので 自宅としては使用しませんが 観光客が休憩できる場所として 活用してもらえればと思います』 (東日本大震災から5年/石巻市/70歳代男性)

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雨が来ようが、災害が来ようが

『「どぎゃん(どれだけ)雨がふろうと、 私はすわっちゃおらん(座っていない)。 雨が来ようが、災害が来ようが、毎日作る」 そういう気持ちで これまでずっと野菜を作ってきました』 (熊本地震から4ヶ月/南阿蘇村/90歳代女性)

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目に見える復興はまだありません

『震災から1年経ち まちの状況は徐々に変わってきましたが 急激な変化はありませんし 目に見える復興はまだありません。 混乱していたのが 落ち着いたという感じです』 (阪神大震災から1年/神戸市/60代男性)

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地区としてお礼をしたいのですが

『地区にたくさんのボランティアが来てくれて がれきの撤去をしてくださいました。 感謝の気持ちを地区住民と共有し 地区としてお礼をしたいのですが なかなか伝わりません。 活動の様子を見ていない人には 難しいのかもしれませんが』 (東日本大震災から5年/石巻市/70歳代男性)

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孫の家で暮らしたい

『震災で自宅が被害を受け 仮設住宅で暮らしています。 自宅は補修しても住めないと思うので 孫の家で暮らしたいと思っています。 孫の家は水道がまだ復旧していないので 引っ越すのは少し先になりそうですが』 (熊本地震から100日/南阿蘇村/90歳代女性)

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不安を抱えたままの人はたくさんいます

『避難所を出て仮設住宅に入ることは 復興に向けて一歩進んだ形ではありますが 不安を抱えたままの人はたくさんいます。 イベントで不安を紛らわせています』 (阪神大震災から1年/神戸市/50代男性)

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防災だけで成り立っているのではありません

『防災は確かに大事です。 けれども私達の暮らしは、 防災だけで成り立っているのではありません。 危険区域を簡単に設定するのではなく、 生活の利便性も大事。 安全性と利便性とアイデンティティーの バランスが大事です』 (東日本大震災から1年/学者/60歳代男性)

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