この地で再建したい

『ボランティアの方が来てくださり 作業をしてくださいました。 被害の大きさに 今後どうなるかと思い落ち込んでいましたが 一緒に無心で汗をかいて作業をすると “ この地で再建したい! ” と 心からの声が出てきました』 (熊本地震から1カ月半/南阿蘇村/50代男性)

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復興に向けて歩み始めました

『自分の家はたったの20秒の揺れで倒壊し 生まれ育った町は燃えてしまいました。 その後たくさんのボランティアさんが 駆けつけてくれて 少しずつ復興に向けて歩み始めました。 その様子を多くの方に見守ってほしいです』 (阪神大震災から半年/神戸市/20代女性)

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なんとかしてハワイから戻したい

『浜から流された船が 震災から4年たってハワイで見つかりました。 津波で何もかも流されていますし 父が大切にしていたものなので なんとかしてハワイから 戻したいと思っています』 (東日本大震災から4年/石巻市/40代女性

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全てを取り戻すだけのエネルギー

『商売をしていると 復興事業が進むのを待っている時間はありません。 その間に客が逃げたり、材料が腐ったりするからです。 ただ、今の私には 全てを取り戻すだけのエネルギーは無いのも事実。 できることをして、少しずつ被災した建物をきれいにします』 (熊本地震から2カ月/南阿蘇村30代女性)

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日頃のつきあいが大事

『震災で水道の水が出なくなり 商品作りが難しくなりましたが 再開を決意しました。 水を汲みながら商品をつくっていると 知り合いが水を送ってくださって、 今はなんとかなっています。 日頃のつきあいが大事ですね』 (熊本地震から1ヶ月半/南阿蘇村/80代男性)

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自己満足かもしれませんが

『父と営んでいた店を震災で失い ボランティアを始めて7カ月。 金銭的負担にならない程度で 終えるつもりでしたが なんとなくやめられません。 被災者が明るくなるのを喜びに 自己満足かもしれませんががんばっています』 (阪神大震災から7カ月/神戸市/40代男性)

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集落から出ていった人も

『震災から5年経ちました。 ようやく地区の高台造成工事が 完成に近づいています。 家の建設が始まり賑やかです。 でも5年もかかったので、 その間待ちきれず 集落から出ていった人もいます』 (東日本大震災から5年/石巻市/60代男性)

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引き受けてくれるスーパーが見つかりました

『加工業をしています。 震災で水とガスが出なくなったため 仕事を休んでいましたが 15日後ガスが復旧し再開を決意。 でもお客さんがなかなか来ません。 村外に販路を探すと 引き受けてくれるスーパーが見つかりました。 ありがたいです』 (熊本地震から1ヶ月半/南阿蘇村/80代男性)

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カメラを手にしたのは2月末

『昔から趣味にしていた写真。 近隣地区の火災被害を見ていましたが 写真に残そうとは考えもしませんでした。 カメラを手にしたのは2月末になってから。 ボランティアの優しさや思いやり 被災した人の笑顔や復興する姿を 撮りはじめました』 (阪神大震災から半年/神戸市/40代男性)

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少しばかり筋肉がつきました

『足が悪いため移動は車を使っていましたが 津波で車を流されてしまいました。 避難所支援をするために 毎日避難所まで歩いていると 日頃の運動不足が解消したのか 弱った足腰に少しばかり筋肉がつきました。 健康的になった気がします』 (東日本大震災から半年/石巻市/60代男性)

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