やってみようという気持ちに

『震災前はボランティア活動が どういうものかわかっていませんでした。 でも震災でボランティアと触れ合ううちに 私も手が空いたらやってみよう 一つでもできることがあればやってみよう という気持ちになりました』 (阪神・淡路大震災から5年/神戸市/50代女性)

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知り合いは多いです

『地域で唯一の病院に勤めていたので 仕事柄、住んでいた集落以外にも たくさんの知り合いができました。 津波で自宅が流され 今は内陸部の仮設住宅に入居。 同じ集落だった人は少なくても 知り合いは多いです』 (東日本大震災から5年/石巻市/50代女性)

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なぜこの町に来たのかな

『震災前のご近所さんには電話しません。 もう元の地域では暮らせないのに 声を聞いたら帰りたくなりますから。 今の地域での親睦活動に参加し 知り合いもできました。 でも時々、なぜこの町に来たのかなって 考え込んでしまいます』 (阪神・淡路大震災から5年/神戸市/70代女性)

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一緒に話合いをしていた人達に申し訳ない

『平成30年度に完成する造成地での 再建を予定し、地区役員をしていました。 しかし、話合いなどに時間がかかり 自営の仕事に集中できない状態が続いたので 造成地での再建を断念。 一緒に話合いをしていた人達に 申し訳ないです』 (東日本大震災から5年/石巻市/60代男性)

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不信感を抱く人もいます

『地域の復興状況が マスコミに取り上げられています。 住民にとっては普通の町ですから 特に復興過程に関われなかった人は 取材される理由が理解できないんです。 取材を受けた住民の売名行為ではないかと 不信感を抱く人もいます』 (阪神・淡路大震災から5年/神戸市/30代男性)

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声をかけにくいです

『復興事業で造成された土地に 住宅を再建しました。 震災前の居住地では、農家とか漁師とか 仕事の様子がわかったから 声をかけやすかった。 造成地は住宅のみで、何をしている人なのか わからないので声をかけにくいです』 (東日本大震災から5年/名取市/70代女性)

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心を通わせ町を発展させたい

『震災前の町は 昔なじみの気心知れた人たちばかりで 本音で話せる下町でした。 けれども、震災後は 他地区から引っ越してきた人が増えてきて 相手を理解しようとする気持ちが必要。 心を通わせ町を発展させたいです』 (阪神・淡路大震災から5年/神戸市/50代女性)

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自分で決めていいんだと思っていました

『浸水区域で線引きされて 「あなたの土地は危険だから 住んではいけません」と言われたのです。 自分の土地だから 住むかどうかは自分で決めていいんだと 思っていましたが、違いました』 (東日本大震災から5年/石巻市/20代男性)

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発言できませんでしたが

『まちづくりの専門家が来て 今後についての提案をしてくれました。 実践するのは私たち住民で その先生ではありませんから 反論してもいいんですよね。 先生の話をありがたがる雰囲気だったので 発言できませんでしたが』 (阪神・淡路大震災から5年/神戸市/30代男性)

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気になっています

『震災直後、関東にいる親戚から 子どもを関東に遊びに来させたら?と メールが届きました。 多くのボランティアが 瓦礫撤去をしてくれている時に 連れて行けるはずがないと卑屈になり 返信しませんでした。 そのことが気になっています』 (東日本大震災から5年/石巻市/40代女性)

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