私は1年目から納税したのに

『養殖漁師をしています。 津波で流された船が海底で見つかり、 早く再建しようと補修しました。 1年目から出荷できたのは良かったのですが、 船の発注が遅かった漁師には補助金が出たそうです。 私は1年目から納税したのに納得できません』 (東日本大震災から6年/石巻市/60代男性)

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震災のことを時々考えるだけで

『震災から22年経った今も、 震災前のまちのこと、人のことを ふと思い返す時があります。 けれども私も年を取ったのか、 はっきりとは思い出せなくなりました。 でも、震災のことを時々考えるだけで いいんですよね』 (阪神大震災から22年/神戸市/70代女性)

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家族全員で四国一周の旅に出ることに

『避難生活では、ずっと車中泊をしていました。 そのため家族みんなで、狭い車内で過ごすことに、 すっかり慣れてしまいました。 そこで、 今なら行けるだろうと、 家族全員で四国一周の旅に出ることにしました』 (熊本地震から1年/南阿蘇村/60代男性)

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危険でもいいから戻りたかった

『私は震災で家を失いました。 そのエリアは危険区域に指定され、 住めないことになりました。 今だから言いますが、 本当は、危険でもいいから戻りたかった。 家を直して住みたかった。 けれども、私一人だけが残ることは、 できませんでした』 (東日本大震災から6年/石巻市/40代女性)

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この店をどうするか

『震災で実家が被害を受けました。 再建するときに、家ではなく飲食店にして、 私が経営を始めました。 18年ほど経ちましたが、 子どもは跡を継がないと言っているので、 この店をどうするかについて、 そろそろ考えなければなりません』 (阪神大震災から22年/神戸市/60代男性)

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いずれはみんなでふるさとに帰りたい

『熊本地震で私たちの集落は避難地区指定されました。 住民は集落を離れ、今はバラバラで暮らしています。 「いずれはみんなでふるさとに帰りたい」と思い、 花見や山菜採りなどの集いを企画し、 コミュニティーの維持に努めています』 (熊本地震から1年/南阿蘇村/70代男性)

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ようやく自宅を再建しました

『6年経ち、ようやく自宅を再建しました。 いよいよ入居です。 再建するにあたっては、 生活再建支援金で全国の方に300万円を助けて頂き、 女川町が、町内で再建する被災者へと、 独自に再建費用を300万円応援してくれました。 感謝しています』 (東日本大震災から6年/女川町/60代男性)

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私よりお母さんの方が大事なんだ

『家族全員が寝ているときに 大きな揺れに襲われました。 今でも覚えているのは、 「お母さん大丈夫か!?」というお父さんの慌てた声。 笑い話ですけど、 私よりお母さんの方が大事なんだとわかりました(笑)』 (阪神大震災から22年/神戸市/30代女性)

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今年は植え付けができそう

『熊本地震の後、農業ができなくなりました。 なんとか続けたいと準備をしてきたので、 今年は植え付けができそうです。 いっぱい植えなければ! とはりきってます。 去年のうっぷんを晴らしたいです』 (熊本地震から1年/南阿蘇村/60代男性)

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戻ってくる人は、漁師や年金生活者が多い

『東日本大震災から6年が経ち、 集落の高台が完成し始め、 戻ってくる住民、戻らない住民がわかってきました。 戻ってくる人は、漁師や年金生活者が多いです。 高齢で漁師を辞めた方には、 都会の息子のところへ行った方もいます』 (東日本大震災から6年/石巻市/70代男性)

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