震災が与えてくれた強さ

『地震で家を失い、 毎日を必死で過ごしました。 そのストレスからか病気になりました。 けれども気持ちは前向きで、 震災が与えてくれた強さのような気がしています。 地震で生かされた命なので、 これからも精一杯生きようと思います』 (阪神大震災から4年/西宮市/50代女性)

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就活していた時の気持ちを思い出し

『東日本大震災がきっかけで、 災害時に人の役に立つ仕事がしたいと思い、 今の仕事を選びました。 実際に地震が起こり、 精神的にも厳しいものでしたが、 就活していた時の気持ちを思い出し、乗り切りました』 (熊本地震から7カ月/大津町/20代男性)

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生きる気力を失いかけていたところに

『大震災で地域は壊滅的で、 住宅や漁船、漁具などほとんどが 津波にのまれました。 生きる気力を失いかけていたところに、 全国の皆さまから物資や励ましの言葉をいただき、 復興に向けて歩き出すことができました』 (東日本大震災から1年/石巻市/40代男性)

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土地だけになったので売ろうという話になり

『地震で自宅が全壊しました。 その家は私の実家で、 土地は兄弟との共有名義でした。 土地だけになったので売ろうという話になり、 私は反対しましたが聞いてもらえず、 手放すことになりました』 (阪神大震災から4年/西宮市/50代女性)

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ボランティアさんに指示することにも慣れておらず

『たくさんのボランティアさんが 避難所に応援に来てくださいました。 ボランティアセンターでの登録もしていただき 大変助かったのですが、 避難所運営自体が手探りで、 ボランティアさんに指示することにも慣れておらず、 難しかったです』 (熊本地震から7カ月/大津町/20代男性)

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地域の人たちも避難のため、次々と校庭に

『小学生の僕は、学校で地震に遭いました。 児童や先生だけではなく、 地域の人たちも避難のため、 次々と校庭にやってきました。 津波が校庭までやってきましたが、 校舎は無事でした』 (東日本大震災から1年/石巻市/10代男性)

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人間として強くなったよう

『地震で家やモノを失い、 兄弟の縁も土地問題で失いました。 その上、病気にまでなりました。 苦労ばかりでしたが不思議なもので、 地震の後の方が、 人間として強くなったように感じます』 (阪神大震災から4年/神戸市/50代女性)

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避難者数を目安に割り振りました

『各避難所への物資の分配を担当しました。 どの避難所に、どの物資をどのくらい持っていくのか 判断するのは大変なことでした。 全ての物資を、 避難者全員分用意するわけではありませんが、 避難者数を目安に割り振りました』 (熊本地震から7カ月/大津町/20代男性)

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前の野球チームの仲間と一緒に野球ができた

『津波で家を失い、 祖母の家で暮らすことになりました。 小学校を転校し、少年野球チームも変わり、 生活が一変しました。 しばらくして、前の野球チームの仲間と 一緒に野球ができたとき、本当に嬉しかったです』 (東日本大震災から1年/石巻市/10代男性)

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生活に苦しんでいる人を救済してこそ、真の復興

『復興事業を進めていくには、 将来の展望を示すことも大事だと思います。 けれども、現実を見つめて、 生活に苦しんでいる人を救済してこそ、 真の復興といえるのではないでしょうか』 (阪神大震災から4年/神戸市/30代男性)

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