再建が難しく、まだ迷っています

『震災で自宅を失ったので、 今は家賃補助をもらって、 県外でアパート暮らしをしています。 家賃補助の条件が、 2002年の春までに神戸に戻ることなのですが、 再建が難しく、まだ迷っています。 帰らない場合は補助金を返還することになります』 (阪神大震災から4年/神奈川県/70代男性)

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水だけでも通して欲しいんですが

『私の住んでいる集落が地震で被害を受けました。 家の被害は少しでしたが、 集落全体に水が来ないので、生活ができません。 家の片付けに来るときには、 ポリタンクに水をくんで持ってきています。 水だけでも通して欲しいんですが』 (熊本地震から1年/南阿蘇村/60代男性)

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再建に必要な申請ができ、助かりました

『被災した後、自治体が “女川町被災者支援制度ガイドブック”と、 町民を対象に制度をわかりやすく解説した 独自の冊子を配ってくれました。 いろんな制度がありましたが、 それを見ながら再建に必要な申請ができ、 助かりました』 (東日本大震災から6年/女川町/60代男性)

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神戸の土地の雑草のことで困っています

『震災後、神戸を離れて関東で暮らしています。 神戸の土地の雑草のことで困っています。 交通費がかかるので帰れませんし、 草刈りを頼める人はいません。 関東に避難している人を支援する団体に相談しましたが、 解決策は見つからないです』 (阪神大震災から4年/神奈川県/70代男性)

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人間関係の摩擦ほど、やっかいなものはない

『地震の時は地区の区長をしていました。 多くのトラブルがあり大変でしたが、 職場でもトラブルを調整してきたため 打たれ強くなっていたようで、 へこたれずに最後までやり遂げました。 人間関係の摩擦ほど、やっかいなものはないですね』 (熊本地震から1年/南阿蘇村/60代男性)

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半分くらいの世帯が仙台や東京へ

『私たちの集落は、震災前は63世帯ありました。 東日本大震災の津波で2世帯以外は全壊に。 バラバラで避難生活をしている間に、 息子や娘と一緒に暮らすからと、 半分くらいの世帯が、 仙台や東京へ出て行ってしまいました』 (東日本大震災から6年/女川町/60代男性)

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お客さんの数は半分ぐらい

『震災でお客さんがぐっと減りました。 その後、ちょっと戻った時期もあり、 増えるかなと思ったけど、 今は不況の影響でさらに減り、 震災前に比べるとお客さんの数は半分ぐらい。 近所に家が建ち始めるのは数年先ですし、 商売はしんどいです』 (阪神大震災から4年/神戸市/50代女性)

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数日たってから足が2倍くらいに

『本震の時、逃げ遅れた母が 泥の中に埋まりました。 3時間後に救出していただいた時は外傷が少なく、 病院で応急処置をしてもらったので、 安心していたのですが、 数日たってから足が2倍くらいに膨らみました。 ばい菌が入ったようです』 (熊本地震から1年/南阿蘇村/60代男性)

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震災前から住民自治を鍛えておくべき

『震災後、まちづくりをしようと 地区住民に声をかけました。 いろいろやりましたが、 震災前から住民自治を鍛えておくべきだと実感しています。 震災がおこると自分のことで精いっぱいになり、 皆で話合いをしようにも、息が合いません』 (東日本大震災から6年/石巻市/60代男性)

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住宅再建できない状態が続くでしょうね

『区画整理事業を行っていますが、 まだ、誰がどこの土地になるかが決まってないので、 あと1年ぐらいは 住宅再建できない状態が続くでしょうね。 減歩されて土地が狭くなるので、 簡単には納得できない人もいます』 (阪神大震災から3年/神戸市/50代女性)

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