避難場所に使わせてほしいとお願い

『避難所に逃げましたが、 集まった人全員は入れないことがわかりました。 近くに地元企業の倉庫があることに気づき、 避難場所に使わせてほしいとお願いすると、 快く了承してくださったので、 全員が寝泊まりできました』 (東日本大震災から2年/石巻市/60代男性)

続きを読む

これではいけないと思い、散歩することに

『知り合いのいない仮設住宅に引っ越しました。 住環境変化でストレスを感じている上に、 不満が募ってくると、 近所の人と話をしようという気持ちにもなれず とげとげしくなってきます。 これではいけないと思い、散歩することにしました』 (阪神大震災から3年/神戸市/60代女性)

続きを読む

私は職場で、両親と子どもたちは避難所で

『地震発生直後、 私は災害対応の仕事があるので、 子どもたちを両親に預けて職場に向かいました。 私は職場で、両親と子どもたちは避難所で一晩過ごしました。 早朝、仕事の合間に子どもたちの寝顔を見に行き、 また仕事に戻りました』 (熊本地震から5カ月/大津町/30代女性)

続きを読む

貴重品を持って、高台の避難所に

『地震があまりにも大きかったので、 津波が来ると思い、 車を高台に上げた後、貴重品を持って、 高台の避難所に向かいました。 息子は漁船を沖に出しに行きました。 早い判断がよかったと思います』 (東日本大震災から2年/石巻市/60代男性)

続きを読む

落ち着かない暮らしが始まりました

『1060戸もあるマンモス仮設住宅への 入居が決まりました。 同じ建物が何棟も並んでいて 不気味に感じるし、 様々な地区から人が集まっていて 住民の気心がわからず、 落ち着かない暮らしが始まりました』 (阪神大震災から3年/神戸市/60代女性)

続きを読む

常に更新をしないといけないので

『地域住民の要援護者リストが、 大切だと地震の時に実感しました。 ただ、作った後で年齢が変わったり、 介護認定を受けている人の介護度が変わったり、 常に更新をしないといけないので、 課題があるなと思いました』 (熊本地震から5カ月/大津町/30代女性)

続きを読む

あせらず、気持ちで負けず

『震災から約1年半が経ちましたが、 復興は先が見えません。 けれどもあせらず、気持ちで負けず、 近所の人たちとの絆を大切にし 前向きに進んで行きたいと思います』 (東日本大震災から2年/石巻市/60代男性)

続きを読む

手足を伸ばして寝られることに満足感

『5月に待望の仮設住宅入居が決まりました。 ドア式の玄関を入れば炊事場があり、 部屋は二間で、トイレ付きユニットバス。 ともあれ、誰にも気兼ねすることなく過ごせるし、 手足を伸ばして寝られることに 満足感を味わいました』 (阪神大震災から3年/神戸市/60代女性)

続きを読む

前任者に来てもらって

『新しい部署に配属されたばかりの4月に 地震が起こりました。 災害時の対応も私の業務にありましたが、 まだきちんと把握できていなかったので 前任者に来てもらって一緒に行い、 助かりました』 (熊本地震から5カ月/大津町/30代女性)

続きを読む

次世代に語り継いでいかなければ

『東日本大震災で、 忘れられないほど怖く、辛い思いをしました。 特に津波は恐怖でした。 この経験を教訓として 次世代に語り継いでいかなければ ならないと思っています』 (東日本大震災から2年/石巻市/60代男性)

続きを読む