ギクシャクしたケースも

『拠点や資源、人材を確保し、 本部機能や後方支援体制を確立し、 機能的に活動をしているボランティア団体が いくつかありました。 けれども、初めてボランティアに来た人も多く、 被災者や行政との間で ギクシャクしたケースもありました』 (阪神大震災から2年/神戸市/50代男性)

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全てに対応できる状況ではありませんでしたので

『地震当日から、役場の窓口には 所得証明書や住民票、 そして、住民票の移動を希望される方が 来られていました。 避難所対応などもあり、 全てに対応できる状況ではありませんでしたので、 緊急度の高いものから対応しました』 (熊本地震から5カ月/大津町/20代女性)

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やっと、ボランティアさんが来てくれるように

『避難所に自衛隊の方々が来てくださって、 本当に安心しました。 県道のがれき撤去をお願いし、 5月ごろに終わりました。 それでやっと、 ボランティアさんが来てくれるようになりました』 (東日本大震災から2年/石巻市/70代男性)

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多くは、教職員や市職員が主体

『マスコミ報道を見ていると、 避難所の運営指揮は、 避難者の中から出たリーダーや ボランティアが主にとっていた印象を受けますが、 多くは、教職員や市職員が主体となって 運営されていたことが、 その後のアンケートでわかりました。 (阪神大震災から2年/神戸市/50代男性)

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スムーズに配ることができた

『避難所で物資を配る時に、 張り紙をして、一人ひとつずつということを 周知しました。 口頭で呼びかけてくださる方もいたおかげで、 スムーズに配ることができたと思います』 (熊本地震から5カ月/大津町/20代女性)

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助け合って、生活しなければ

『浜にあった私の家は、津波で流され、 船や養殖施設、倉庫、漁具も失いました。 近所の方も亡くなりました。 でも悲しむ間もなく、 避難所にきた約150名の人々で助け合って、 生活しなければなりませんでした』 (東日本大震災から2年/石巻市/70代男性)

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最初は把握しきれていなかった

『避難所の人数把握に困りました。 昼間は人が少なくても、 夜になると戻ってくる人が多いですし、 物資の数においては、 自主避難所で避難している人の分も必要なので、 特に最初は把握しきれていなかったです』 (熊本地震から5カ月/大津町/20代女性)

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自宅にたどり着いたのは3日後

『仙台の病院での検査中に地震に遭いました。 石巻の沿岸部の自宅へ、 すぐに公共交通機関で帰り始めたのですが、 すでに交通は麻痺していて、 自宅にたどり着いたのは3日後でした。 家族とは電話で連絡がついていたのでよかったです』 (東日本大震災から2年/石巻市/70代男性)

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いかに興味深い勉強会にするかが課題

『ボランティアグループの運営者として、 メンバー向けの勉強会や意見交換会を開催しています。 知識や情報が必要だと思って企画するのですが、 メンバー数の割に参加率が低く、 いかに興味深い勉強会にするかが課題です』 (阪神大震災から2年/神戸市/50代男性) 

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