自宅再建の目処が全く立ちません

『周辺の道路や高層ビルの工事は 順調に進んでいるようですが、 自分の土地にプレハブを置いて仮住まいする私には、 自宅再建の目処が全く立ちません。 家を建てるお金が無く、年齢的に融資は受けられず、 受けたとしても返済できませんから』 (阪神大震災から3年/神戸市/70代男性)

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命の危険を感じるほどのこと

『震災を体験して、 建物の耐震性を高めることと、 家具の振れ止めをすること、 そして水や非常食を3日分自力で備えることが 大事だと思いました。 その後も困ることはいろいろありますが、 命の危険を感じるほどのことはありませんでした』 (熊本地震から5カ月/大津町/40代男性)

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被災地の様子を見に、また来てほしい

『震災から日時が経ち、 がれき撤去等の片付けが終わると、 ボランティアさんが来てくださらなくなります。 けれども私たちの生活再建は その後も続いています。 片付けをしてくださった方にはぜひ、 被災地の様子を見に、 また来てほしいです』 (東日本大震災から6年/石巻市/30代女性)

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落選が続いたときは本当に不安でした

『仮設住宅で暮らしている間、 できるだけ早く終の住処へと思い、 復興公営住宅を申し込みました。 3回抽選があり、3回とも落選しました。 最終的には公営住宅に入居できましたが、 落選が続いたときは本当に不安でした』 (阪神大震災から3年/神戸市/60代男性)

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安心感も提供できた

『炊き出しをすることで、 あたたかい食事を提供できるだけではなく、 大変な思いをした人は他にもたくさんいる という安心感も提供できたように思います。 特に、自宅にいるけれどもサポートが必要な方に 必要な支援だったと思います』 (熊本地震から5カ月/大津町/40代男性)

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差を感じてしまいます

『仮設住宅での暮らしが2年になると、 同じ仮設住宅の方々の事情がわかるようになり、 それぞれ辛い思いをされています。 その中で、自力で再建できた方、 公営住宅に当選した方もいれば、 決まらない方がいて、 差を感じてしまいます』 (阪神大震災から3年/神戸市/60代男性)

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身近にいつもおいているモノを失い

『災害の後、 身近にいつもおいているモノを失い とても困りました。 私が特に困ったのはティッシュでした。 ちょっと拭きたいときに無かったので、 いつも持ち歩かないといけないなって思いました』 (東日本大震災から6年/石巻市/70代女性)

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他県ナンバーの車が次々とやってきて

『支援物資の集積場所には、 他県ナンバーの車が次々とやってきて、 荷下ろしが繰り返されました。 また、近隣の飲食店経営者の方は、 しばらくは営業できないからと食材を持ち込まれ、 農家の方からも食材の提供があり、 感動的でした』 (熊本地震から5カ月/大津町/40代男性)

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地域活動にもっと協力してほしい

『地域活動に興味のある若者たちが、 地域に関わってくれてありがたいのですが、 彼らは仕事をしなければならなりません。 私を含め、年金生活をしている人達と、 うまくバランスを取って、 地域活動にもっと協力してほしいと思っています』 (東日本大震災から6年/石巻市/60代男性)

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あの日の地震がなかったかのような雰囲気に

『私は神戸で暮らし、大阪で働いています。 移動はたったの30分ですが、 被災地を離れたとたんに あの日の地震がなかったかのような雰囲気になります。 私は違和感を抱きながら、自宅と職場を往復しています』 (阪神大震災から3年/神戸市/60代男性)

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