賃貸住宅はバリアフリーへの改造ができないので

『震災から1カ月後に、仙台の息子宅の近くにある 賃貸物件に入居しました。 みなし仮設住宅で家賃の心配はなかったのですが、 同居の母がこけて体が不自由になり、 賃貸住宅はバリアフリーへの改造ができないので、 中古物件を購入しました』 (東日本大震災から3年/石巻市/60代男性)

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気持ちが緩んでいるのかも

『18日の大阪北部地震で神戸もかなり揺れましたが 自分の立ちくらみかと思ってしまい 地震だとわかるのに時間がかかりました。 阪神大震災の後は 震度1程度でも敏感になっていたのですが、 20年以上経ち、気持ちが緩んでいるのかもしれません』 (阪神大震災から23年/神戸市/70代男性)

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16日の本震では天井が壊れました

『14日の前震では、 店の棚から商品が落ちる程度だったので、 片付けて翌日の営業に備えました。 16日の本震では天井が壊れましたし、 商品もかなり壊れました。 停電や断水もありました。 どこから片付けたらいいかもわからない被害でした』 (熊本地震から5カ月/大津町/50代男性)

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体の不自由な母のことを考えるとありがたく

『避難所にいると仙台にいる親戚が、 避難所よりはいいだろうから家においでと 迎えにきてくれました。 体の不自由な母のことを考えるとありがたく、 母だけがお世話になるわけにもいかないので、 家族みんなで行かせてもらいました』 (東日本大震災から3年/石巻市/60代男性)

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自分でやろうという人は信頼できます

『遠方への支援に行くと始めに、 地域のために自分で何かをしようとしている 現地の人を探します。 誰かと出会わないと支援ができないから。 自分でやろうという人は信頼できますし、 どの地域にもいるんです。 自立支援は、ここから始まります』 (阪神大震災から5年/神戸市/40代男性)

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一生懸命考えることの大切さを実感

『震災を経験したことで、 一生懸命考えることの大切さを実感しました。 震災後の緊迫した状況の中で、 周囲の人たちと話し合いをしながら、 必死で考えて解決策を見つけていきました。 今後も地域に貢献していきたいです』 (震災から5カ月/大津町/30代男性)

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道路が寸断され物資が届かなかったので

『私を含め、津波で家を失った集落の人々が、 集落に残った空き家に身を寄せ合って 避難生活しました。 そこで7日間過ごしましたが、 道路が寸断され物資が届かなかったので、 内陸の避難所へ、集落の方々と一緒に まとまって移動しました』 (東日本大震災から3年/石巻市/60代男性)

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他の地域で災害が起こったら

『神戸では地震以来、 他の地域で災害が起こったら その度に実行委員会を作って、 義援金や救援物資を集めて、 支援をしています。 震災から5年で十数回も 実行委員会を立ち上げました』 (阪神大震災から5年/神戸市/40代男性)

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地域があって、仕事があって、自分がいる

『震災を経たことで、 今まで以上にポジティブになったし、 人を大事にするようになったと思います。 それに、地元を大事にしたいと 思うようになりました。 地域があって、仕事があって、自分がいる、 ということを実感したんです』 (熊本地震から5カ月/大津町/30代男性)

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地形までも変わってしまいました

『震災後の復興事業で、 街並みが変わっただけではなく、 地形までも変わってしまいました。 市街地が形成された過程を 後世に残さなければと思い、 記録をつくっています』 (東日本大震災から6年/宮古市/60代男性)

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